『記憶』-6

 

公園に残った綾子と千秋は、暗い芝生を懐中電灯で照らしながら、まだ怨将の手がかりを探していた。

「あるならこの辺…
 くそっ…いいかげん出て来いっての!」

千秋が焦れて、独り言にしては少々大きい声を上げた。

「うるさいわねえ。黙って探しなさいよ!」

たしなめる綾子の声も、充分大きい。

誰も来ないように、公園の入り口に工事中の札を立て、封鎖しているとはいえ、
いつもならもう少し控えめに話していただろう。
だが今の二人は、そんなことなど気にもしていなかった。
地面に這いつくばって、手で芝生の感触を辿ってゆく。

集中しすぎで沈黙が苦しくなった頃、

「…景虎も、時々あんな顔してたわね。」

綾子がポツリと呟いた。

あの顔をしていた時の景虎は、どんな想いでいたのだろう。
もしかしたら今の高耶と、同じ気持ちだったのかもしれない。
景虎はいつも揺るぎなく前を見つめていて、
だからその表情の意味を、考えてみたこともなかったけれど…

「顔は違うけどな。」

間髪を入れずに返った言葉に、

「ばかッ!もう〜、そんなこと言ってんじゃないわよっ!
 何? あんた宿体が変わる度に違う人間になんの?」

プンプン怒って言い返すと、なんだか少し気持ちが楽になった。

何度となく行ってきた調伏。
消した霊の数も憶えちゃいない。
でも、高耶を見ていると思うのだ。
もしも自分が調伏されるなら、あの子がいい。
こんなこと思われても、あの子は困るだろうけれど。

「あんたなら、誰に調伏されたい?」

ポロッと言ってしまって、慌てて芝生に目を戻す。
千秋は顔を上げて綾子を見ると、胡散臭そうに眉を顰めた。

「晴家。おまえ、自分なら景虎とかって言うんじゃねえだろうな。
 あいつはやめとけ。おまえなら俺が調伏してやる。」

思いのほか真面目な声が返ってきて、綾子は思わず千秋を見つめた。

下を向いてしまった顔は、懐中電灯の影になって表情が読めない。
戸惑って何も言えずにいる間に、千秋がいつもの口調で言葉を継いだ。

「ま、俺は相手が誰でも調伏なんてされねえけど。
 …ンな気になるかよ。
 どこのどいつでも、出来るもんなら、やってみやがれってんだ。」

楽しそうに笑う姿に脱力する。
言い返す気力も無くなって、綾子は手元に注意を戻した。

いつか…そう、いつかそんな日が来るとしても、今はその時じゃない。
自分には、まだ守りたいものがある。
叶えたい大切な願いも。

じっくりと見つめ直した指の先に、やがて小さな違和感が触れた。

 

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