追ってきた直江は、何も言わなかった。
振り向きもしないで黙って歩く高耶の後を、見守るようについてくる。
夜風が頬に冷たかった。
ゆっくりと、ゆっくりと、高耶の歩く速度が落ちていく。
反対に、速度を上げた直江の足が、高耶に近づいていった。
とうとう直江が高耶を追い抜いて、ほんの少し先で歩調を合わせると、
冷たかった風が止んで、ふわりと微かに直江の香りがした。
「なんで黙ってんだ。景虎なら、もっと上手くやれたって、言いたいんじゃないのか。」
やつあたりだと思いながら、高耶は直江をキツイ目で睨んだ。
何かに当たらなければいられない気分だったのだ。
直江が悪いんじゃない。
誰が悪いんじゃない。
ただ…苦しくて…辛くて…胸の奥で何かが渦を巻いている。
高耶の顔を見つめた直江は、フッと笑って足を止めた。
「そんなこと、思うはずがないでしょう。
記憶がなくても、あなたの力は変わらない。
見事な調伏でしたよ。」
微笑む瞳に、優しさとは違う色が浮かんだ。
「あなたは正しい。あれは調伏するしかなかったんです。」
冷たい口調で言い切った直江の瞳を、高耶は信じられないという顔で見ている。
それでいい。
今の高耶に慰めは要らない。
抑え込んだ感情を、怒りにまかせて吐き出せばいい。
心を隠して、高耶の瞳を見つめ返した。
高耶は直江を睨んだまま、ギュッと拳を握った。
こんなこと、直江の本心のはずがない。
直江はそんな奴じゃない。
そう思っても、怒りで体が震えた。
「何が正しいだ! あれは怨霊なんかじゃなかった。
本当は、静かに眠っていられたはずの霊だったんだ!」
傍らの木に拳を打ちつけ、高耶は直江に背を向けた。
胸を塞いでいた感情が、堰を切って溢れ出す。
怨霊になりたくてなるものなど、きっとどこにもいない。
痛い、苦しい、悲しい、そんな想いを抱えたまま、
さまよってしまう霊たちが、哀しくてならなかった。