「この辺りに念の痕跡が集中しているわ。ここが霊の溜まり場ね。」
綾子が指差した先には、古い石碑が立っている。
澱んだ気が濃くなっている辺りを、高耶が眉を寄せて見ている間に、
直江は石碑に刻まれた文字を読んだ。
「慰霊碑ですね。第二次大戦の時、この辺り一帯は、大規模な空襲に焼かれている。
これは昭和二十八年に、その鎮魂として建てられた と書いてあります。
しかし今頃になってどうして…」
「闇戦国の怨将が絡んでるようね。眠ってた霊を起こして、活性化させた奴がいるのよ。
軒猿も、そいつにやられた可能性が高いわね。」
直江の言葉を引き継ぐように、綾子が霊査の結果を告げる。
「どこの怨将だ。わかるか?晴家」
いつもと違う呼び名が高耶の口から出たとたん、空気が引き締まった。
景虎がいる。
今ここに、自分たちの目の前に。
戦いの場になると、高耶は時々こうなる。
どうやら無意識に出るらしく、その変化にも最近は驚かなくなったが、やはり高耶は景虎なのだと実感するのは、不思議な気分だった。
大きな安心感と同時に湧きあがる昂揚。
景虎がいれば、どんな敵とでも立ち向かえる。
400年間ずっと見てきた背中が、今ここにあるのだ。
無条件の信頼…
綾子たちが景虎に寄せる、そんな想いを感じて、高耶は心の揺れを振り切るように、一瞬だけ目を閉じると、濃さを増してゆく澱みに目を凝らした。
「ダメだわ。霊の数が多すぎて念が特定できない。」
「俺もだ。やっぱ雑霊を祓っちまった方が早い。
どっちにしろ、これを浄化しない限り被害は増える。
迷ってる場合じゃねえぞ、景虎。」
綾子と千秋の報告に、高耶はクソッと呟いて空を見上げた。
こうしている間にも、日が暮れた空は、どんどん闇の色を深めてゆく。
念が念を呼び、もう雲と霊の区別もつかなくなっていた。
チリチリと肌に感じる痛みが酷くなって、直江は護身波を広げると、大きなバリアにして自分たちの周りを覆った。
透明な膜に、澱みから伸びてきた、あからさまな敵意と怨念を孕んだ触手のようなものが、幾つもぶつかっては、バチッと弾ける。
元は怨霊で無くても、こうなってしまえばもう、怨霊と変わらない。
なぜ霊が起きてしまったのか、
どうすれば再び眠らせることが出来るのか、
知る術がなければ、結界調伏で浄化してしまうしかない。
唇を噛んで、高耶は隣の直江に目をやった。
直江が頷いて印を結ぶ。
千秋と綾子が触手を押さえ込んでいる間に、高耶は素早く印を結んだ。