『記憶』

 

夕闇に浮かんだ大木の黒いシルエットが、不意に揺れてザワザワと音を立てた。
甲高い鳴き声を響かせて、木に止まっていた渡り鳥が、一斉に空に羽ばたく。

その瞬間。
何かが胸の中でゾクリと動いた気がして、高耶は足を止めた。
通りには大勢の人が行き交い、いつものように渋滞している幾車線もの列の中から、時折クラクションが鳴り響く。
だがそんな都会の喧騒は、いつのまにか高耶の意識から消えていた。
まるで自分ひとりが、違う世界にいるかのような、しんとした静寂が体を包む。

 掌に蘇った、太い幹のごつごつした感触。
 鮮やかな茜色の雲を残して、瞬く間に暮れてゆく空。
 澄んだ空気に混じる、踏みしめた草と土の匂い。
 高い梢から飛び立つ鳥の羽ばたく音が、静まりかえった林に響いて…

あの時。俺の隣にいたのは、誰だったのだろう?
冷えてきた夜風から、俺を庇うように立っていたのは…

「高耶さん?」
耳元に温かい声が飛び込んで、高耶はハッと顔を向けた。
「どうかしましたか?」
瞳を覗きこむようにして問いかける直江に、
「なんでもない」
と答えて、高耶は何事も無かったように、再び歩き出した。

 

二人が向かっているのは、この先にある大きな公園だ。
最近そこでは怪現象が相次ぎ、調査に入った軒猿までが行方不明になってしまったことから、
今日は千秋と綾子も交えて捜索することになっていた。

怨霊ならば調伏する。
それが自分たちの使命だと、直江は言った。
その為に夜叉衆は、換生を繰り返しながら、長い時を越えてきた。
でも…景虎も、おそらく直江たちも、かつては怨霊だったのだ。
何度も見る夢が、蘇ってきた数々の記憶が、否定しようのない現実として、高耶の心を締めつける。

生前の恨みを死んだ後まで引き摺って、
関係のない現代の人々に、害を及ぼすのが怨霊なのだと、
だから、譲や皆を守る為に戦っているのは正義なのだと、
そう思っていられたのは、心のどこかで自分は違うと思っていたからだ。

けれど怨霊たちの感情が、どうしようもない悲しみや悔しさが、
伝われば伝わるほど、自分も同じだと思わずにいられなくなる。

 同じじゃない!
 俺は怨霊なんかじゃない。
 ここに、こうして生きてるんだ!

そう叫びたくなって、そんな自分を嫌悪する。
何が違う?
俺は生まれるはずの命を奪ってここにいる偽善者。
使命が無ければ、とっくに浄化されるべき存在なのに…

だが、そんな想いを、高耶は誰にも言えなかった。
大将がそれを言っては、従う者まで否定することになる。

 景虎は、この甘えの許されない立場で、ずっと生きてきたのか…
 400年間ずっと…


*************

「遅かったな。もう日が暮れちまう。グズグズしてっと逃げられっぞ。」

入り口で待っていた千秋に急かされて、人気の無い公園の中を走った。
目に見えない怨念が、薄闇の広がる夕空を覆うように集まってくる。
公園の奥では、既に綾子が霊査を始めていた。

 

             

これは霞月ちゃんのアンソロジー本『Lettera Di Amore U』に載せて頂いたものです(^^)
WEBで読むには少し読みづらいかもしれませんが…読んでもらえたら嬉しいなぁ

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