『誕生日の贈り物-9』

山に面した裏庭に出た直江は、辺りに人影が無いことを確かめてから、スッと両手を広げた。
たちまち空中に、魔法の杖とアメ玉みたいな水晶玉が現れ、
杖は直江の右手に、水晶玉は人の頭ほどの大きさになって、
フワフワと漂いながら左手の上に収まる。

「やっと俺様の出番か? 待ちくたびれたぜ。」

白く煙った水晶玉に、なんとなく人の顔が浮かび上がったかと思うと、
聞こえてきたのは、若い男の声だ。

直江は小さく溜め息を吐いて、
「…頼む。」
と少し頭を下げた後、水晶玉を高く掲げて呪文を唱えながら、空中に杖で大きな円を描いた。

円の中央から、みるみる黒い闇が広がってゆく。
どんな風に出てくるのだろうと、ドキドキしながら見つめている高耶の肩を、
誰かが後ろからポンと軽く叩いた。

気安く触んじゃねえ!
と反射的に振り向いて、ギッと睨みつけてやると、
「おぉ〜こりゃなかなか…直江もやるな。いい目してんじゃん。」
悪びれもせず、嬉しそうに笑った若い男は、眼鏡をちょっと整えて、
「初めましてタカヤサン。俺は千秋。魔法界の大賢者だ。よろしくな。」
礼儀正しいんだか偉そうなのか、イマイチ判断に苦しむ態度で、
高耶に向かってにっこり微笑んで右手を出した。握手するつもりらしい。

「タカヤサンじゃない。俺は仰木高耶。大賢者かなんか知らねえが、
 よく知らない奴に、馴れ馴れしくされるのは嫌いなんだ。悪いけど
 今度こんなことしたら、容赦しねえからな。」

何事も初めが肝心だ。
こういう奴は、ちゃんと言っておかないと、またやりかねない。
それでも直江の顔を立てて、握手だけはしておこうと手を握ったとたん、
高耶の身体は千秋の腕にギュッと抱きしめられていた。

「貴様! 何をしてる! 高耶さんから離れろッ!」
血相を変えた直江が、杖を放り出して千秋を羽交い絞めにする。

あっさり高耶を放した千秋は、直江が放り出した杖を、魔法でそのままの位置に固定しながら、
「そう怒るなよ。こいつが馴れ馴れしくしたら容赦しないって言うから、
 ちょっと試してみたのさ。ついでに波動を…」
言いかけた千秋の頬に、直江の拳が炸裂した。

驚く高耶の目の前で、横に吹っ飛んだ体が、ザザッと土を滑った。
「痛ってぇ…」
切れた唇を拭って、千秋がゆっくり立ち上がる。
高耶は直江を庇おうと、間に立って身構えた。

「…ったく冗談の通じない男だぜ。ンな顔しなくても大丈夫だって。
 さっきので、こいつの波動は大体わかったし、道具も揃ったからな。」
パンパンと土を払う千秋に、直江の険悪な表情がフッと緩んだ。

「波動? まさかそれを知る為に高耶さんを…?」
「まあな。だから人の話は最後まで聞けって言うだろうが。」

それだけじゃねえけどな。と心の中で呟いて、千秋は高耶を見た。
抱きごこちも悪くない。
男を抱く趣味は無かったが、これがもし直江の想い人でなかったら、本気で口説きたいところだ。
だから会わせたくなかったのだろうが、それでも頼みたくなるほどに、この椅子探しは難題らしい。

直江が描いた空中の黒い円から、次々に出てくる道具を拾い集めながら、面白いおもちゃを見つけた子供のように、瞳を輝かせている千秋の横で、 直江は少しずつ円を狭めて閉じていく。

「椅子探しに必要でも、次からは絶対にあんなことはするなよ。」
「はいはい」
「返事は一度でいい。」
「うるせぇな。あんまりしつこいと嫌われるぞ」

どう見ても、かなり親しい関係に見える。
なんであんな嫌そうだったんだ?
少し離れたところから二人を見ながら、高耶は首を傾げていた。

やっと千秋の登場です。もうすぐ椅子が見つかるはず…!

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