その家は、集落から離れた山のふもとに、ぽつんと建っていた。
鶏がコッコと鳴いていそうな広い庭先。
縁側のある古い小さな家屋は、かなり傷んではいるが、
まだどっしりとした趣を保っている。
「爺ちゃん! 爺ちゃん、どこだ!」
鍵の無い入り口を開けて、土間から叫んだ高耶は、
泣きそうな顔で辺りを見回した。
埃を被った家具や畳。
一見しただけで、もう誰も住んでいないとわかる。
「高耶さん…!」
たまりかねて強く腕を引くと、高耶は力が抜けたように、
繋いでいた手を解いて、上がりかまちに腰掛けた。
「悪かったな。おまえまで引っ張り廻して…」
バツが悪そうに小さく笑う高耶の隣に座って、
直江は静かに首を横に振った。
優しい眼差しが、泣いてもいいと告げている。
その肩に、高耶は顔を押し当てて、目を瞑った。
あの日、親父が半年ぶりにやってきて、俺と美弥がここを出て行くと決まった時、
爺ちゃんは何週間もかけて作った立派な椅子を、俺に見せて言った。
「別れは来ると知っていても辛いものだな…。
これは未来のおまえへの贈りものだ。
いつかおまえが自分の居たい場所を見つけたら、ここへおいで。
それまでは、誰にも触られないように隠しておく。
儂はどこにいても、おまえの幸せを願っているよ。」
そこから先は、覚えてない。
けどあの日から今日まで、どんなに行きたいと思っても、俺はここに来れなかった。
忘れたことなど無かったのに、どうしても思い出せなかったんだ。
「お爺さんは椅子に心を託したんですね…」
しみじみとした直江の言葉に、高耶は驚いて顔を上げた。
まだ続きます〜(><) 拍手ログに戻る
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