『誕生日の贈り物-12』

「障壁を跳びやがった! ダメだ。こっちから廻らないと!」

千秋の声を背中に聞きながら、直江は勘だけを頼りに跳躍していた。
わずかに跳ぶのが早すぎて、降りかけた脚に障壁が当たる。
それを無理やり乗り越えると、反発を食らってバランスが崩れた。

「高耶さん!」
転がりそうになったまま、名を呼んで走る。
古くなった畳が千切れて足に刺さった。

廊下に出ると、高耶が庭に向かって立っているのが見えた。

「我が名を鍵とし、汝の扉を開き給え。」
呪文のような言葉と共に、高耶が空中に指で文字を書く。
すると何もなかったはずの空間に、忽然と姿を現した扉が、音を立てて開いた。

 

 

そこは小さな物置ほどの部屋だった。
薄暗い中で、椅子だけがポゥッと淡く光っている。

「爺ちゃん…俺、やっと見つけたんだ。
 この椅子を置ける場所。俺がずっといたい場所を…」

話しかけながら、そっと椅子に触れたとたん、激しい光の奔流が、高耶の体を包み込んだ。
あまりの眩しさに、直江は目を開けていられなかった。

この光は何だ?
どうして…
なぜここに魔導士の光が…

高耶を包んでいる光は、直江たち魔法使いの天敵と言われる魔導士が、守護すると決めた者に自らの力を分け与える加護の光に間違いなかった。
気付かなかった自分を悔やんでも遅い。
言葉をなくした直江に、何も知らない高耶が、嬉しそうに椅子を見せた。

「直江!おまえが言った通りだった。
 爺ちゃんは、椅子と一緒に俺を待ってくれてたんだ。」

高耶が掲げた椅子には、まだ鮮やかに光る授印が残っている。
それは、魔法使いなら誰でも知っている、大魔導士ケンシンの印だった。

「高耶さん…お爺さんの名前を?」
尋ねる声が震えた。

知らなければいい。どうか何も知らないでいて欲しい。
魔導士と魔法使いの因果も。椅子と共に授けられてしまった力のことも。

「え? なんだっけなあ? 聞いたような気もするけど、ずっと爺ちゃんって呼んでたから…
 名前を思い出せないなんて、やっぱ悪いか?」
どうしよう?と頭を掻いている高耶を、直江は思いきり抱きしめた。

自分が人間だったなら…
この椅子を見つけていなければ…
それを思って、いったい何が変わるだろう?

何があっても、自分達が何であっても、
あなたを失いたくないと思う気持ちは止められない。
いつかあなたを苦しめることになると、わかっていても…

「高耶さん、帰ったら俺の家で暮らしませんか?
 今みたいな仮住まいじゃなくて、あなたの荷物を全部運んで、ずっと一緒に暮らすんです。」

 

 

ついに見つかった椅子。でもそれは直江にとって試練の始まりなのか…

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