光のかけら−51

「敬語だと話しづらいんで、こんな話し方で勘弁してくれ…下さい。
千秋監督にもみんなにも、何も言ってなくて悪かったと思ってる。
けどほんとにすげえ楽しかったから、最後まで一緒にいたら泣いちまいそうで…
俺の分の収録が終わったとこで抜けてきた。すまない、みんな。世話になってばっかでごめん。

この仕事を続けられないと思ったのは、確かに噂がきっかけだけど、それが原因じゃない。
俺は今まで自分の気持ちを殺して演じるっていうことを知らなかった。
演技を教えてもらってた時も、その後で貰った役も、俺自身の気持ちと全然違う気持ちを、無理に演じなきゃならないことなんてなかったんだ。
だから、それがどんなに苦しいことか知らなかった。
だけどプロならそれを要求される。俺はプロじゃなかった。それに気がついたんだ。」

「でもそれだったら、これから出来るようになればいいんじゃないの? 
あなたの年で、出来ないから辞めるっていうのは早いでしょう。」
思わず言った誰かの言葉に、何人かの記者が頷いた。
高耶の演技は、今でも充分優れている。
これは高耶が完璧を求めすぎではないかと、誰もが思った。

「ああ、すまない。言い方が間違ってた。俺は出来ないままでいいんだ。そんな風にしか思えないから、プロとしてやってけないと思ったんだ。」
プロとしてやっていけないだけじゃない。
どんなにしようと思っても、俺は直江を思っていないフリなんて出来ない。
直江と出会う前なら、何も思わずに演じられたかもしれない。
要求されるまま、自分の気持ちが伴わないことでも…

でも、俺は知ってしまった。
自分の中の強い感情を。
もしあの時、白井に恋してる演技をしろと言われてたら、きっと俺は出来なかった。
おまえ以外の誰にも、好きだなんて言いたくない。
愛も恋も囁きたくない。
俺はもう、そんな演技は出来やしない。したくないんだ。

「ファンの方々がショックを受けると思うんですが、それについて何か…」
「今まで本当にありがとう! 俺みたいなのを思ってくれたこと、ホントに感謝してる。
けど俺は、そのまんまの俺でいたいんだ。みんなに嫌われても、俺は大事なものを失いたくない。
自分の気持ちに嘘をつくより、そのまんまで喧嘩する方を、俺は選びたいんだ。」

自分の言葉で一生懸命に話す高耶は、もう可愛くて好感度抜群で、レポーターのお姉さんはつい調子に乗ってしまった。
「大事なものって何? やっぱり直江さんなの?」
「どうしてそれを、こんなとこで言わなきゃいけないんだ。あんたは俺の友達でも何でもないだろ?」
不機嫌に睨みつけられて、視線の鋭さに思わず怯んだところに追い討ちをかけるように、
「好きだとか大事だとか、俺はそいつ本人にしか言いたくない。
引退したらもう芸能人じゃないんだから、二度と俺を追いかけて来るなよ。手加減なんかしねえからな。」
高耶はきっぱりと言い放った。

ひえ〜と一同が引いたところで、氏照が会見の終了を宣言し、高耶も立ち上がって警備員と共に部屋から出ようとしたとき、反対側の入り口付近から直江の声が響いた。
「何を言ってるんです。あなたの場合、本人にも言いたくないんでしょう?」
全員が一斉に直江のほうを向いた。

驚いて声も出ないでいる間に、堂々と高耶の前まで来た直江は、
「信じられない。あなたって人は…本当になんてひどい人なんだ。」
そう言うと、高耶の腕を引き寄せて、強く抱きしめた。
「俺は言いたい。言わせて下さい。どこででも誰の前でも。
あなたが好きだ!愛しています。高耶さん」

もう離さない。
間違えたのはここだ。
あなたは俺に守られて満足できる人じゃない。
何があっても、どんなにあなたが傷つくことになっても、
俺はもうあなたと離れない。
あなたを愛しているから。
傷つけることを恐れるよりも、あなたと一緒に傷つきたい。
ふたりなら立ち上がれる。
ふたりで一緒に、立ち向かえばいいんだ!

「ばか。恥ずかしいヤツだな。」
耳元で小さく囁いた高耶の嬉しそうな声は、どんな愛の言葉より甘く聴こえた。

 

小説に戻る

TOPに戻る