光のかけら−50

ついに収録が終わり、直江も綾子もホッとして緊張を解いた。
二人とも、まだ演技の余韻が体と心に残っている。
ぶんぶんと頭を振っていつもの自分に戻った綾子は、ペンダントを外して直江に渡した。
「これ、私よりあの子の方が似合うんじゃない? 撮影が終わったら貰う約束してたんだけど、あの子にあげる。ふふふ。そんな顔しないでよ。あんた達の気持ち、傍で見てたらずっと前にわかっちゃったの。今は大変だろうけど、応援してるからね!」
そう言って、優しいまなざしでにっこり微笑むと、
「打ち上げ楽しみ〜♪ ねえねえ、いつする? あたし翌日休みにしてもらおっと。」
千秋やスタッフのところで、楽しそうに呑む相談を始めた。

次回の撮影で、撮りこぼした小さなシーンを少し撮れば、もうクランクアップだ。
あと一月もしないうちに、直江は次の映画で京都に行くことが決まっている。
高耶もすぐに次の仕事があるだろう。
どうにかして二人の時間を作らなければ…
今日も撮影に来ていたはずなのに、どこに行ってしまったのだろう?
高耶を探しながら歩いていた直江は、玄関から走ってきた色部に呼び止められた。

「テレビを見たか?仰木くんが大変なんだ! 相模プロの前は取材陣でいっぱいだよ!」
「何があったんです! 高耶さんは無事なんですか!」
先に帰ったはずの色部が、わざわざ走って戻るほどの何があったというのか。
心配で必死の形相になった直江に、色部は走りながら叫んだ。
「無事は無事なんだが…引退すると言っているんだ。どうしてそんなことになったのか…。
とにかく私はみんなに知らせに行く。君は…」
振り返ったとき、もう直江の姿はなかった。

引退? どうしてそんな!
あなたが決めたのは、それだったのか?
これほどの才能を、あなたは捨ててしまうというのか!
何のために俺は我慢したんだ!
バカだ!
あなたはバカだ! 
大馬鹿だ!!

直江は泣いていた。
高耶がなぜ引退を決めたのか、わかるような気がした。
俺の為か?
俺が自分の心のままに動けるように、枷を外したつもりなのか?
どうしてあなたが辞めるんだ。
あなたを犠牲にして…
俺は…どうすればいいんです!

相模プロの事務所の隣に建てられたホールは、ふだんは社員食堂として使われている。
記者会見は、いつもここで行われるのが慣例だが、500人は収容可能といわれる場所が、
今日はテレビカメラやリポーターでひしめきあっていた。

「突然ですが、仰木高耶は芸能界を引退することになりました。
ファンの方々や関係者の皆様、本当にお世話になりました。心から感謝申し上げます。」
氏照の口上と一緒に頭を下げた高耶は、顔を上げると並んだ報道陣を見つめた。
さっぱりとした表情には迷いがなく、報道陣も一瞬気を削がれて言葉を呑んだくらいだ。

「なぜ急に引退を決めたんです?」
「引退は直江さんとの噂が原因ですか?」
「今のドラマの収録も終わっていないのに、無責任だと思いませんか!」
口々に飛ぶレポーターの質問を黙って聞いていた高耶は、おもむろに口を開くと、
氏照の心配そうな顔に微笑んで頷き、静かに話し始めた。

 

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