光のかけら−49

撮影は順調に進み、後は白井が光にペンダントをつけてあげるシーンと、幾つかの細かいシーンを残すだけになった。
クランクアップしてしまえば、もう撮影所で会うこともできない。
氏照のおかげでワイドショーや雑誌で大きく騒がれることは免れたものの、いくら直江が否定しても噂の火種を消し去ることは出来ず、スクープを狙うカメラマンや記者、一部の過激な人々は今でも二人のプライベートを追い続けている。
こんな状態がいつまで続くのか。
人々の関心が醒めるのを、黙って待つしかないのか。
これしかないと耐え忍んで進んできた道だが、間違っている気がしてならない。
高耶の迷いのない瞳が、直江に問いかけてくる。

おまえはどうする?
おまえはどうしたい?
おまえが本当に望んでいるのは何だ?

本当に望んでいるのは、たったひとつだ。
あなたと共にいたい。
この思いに、何ひとつ恥じることなどないのに。
愛していると。
あなたは俺だけのものだと。
全世界に向けて、そう言ってやりたい。
誰もあなたに手出しできないように…

それが出来ない理由は、たったひとつ。
あなたを愛しているからだ。
でもそれは、本当にそうなのか?
あなたを愛していたら、俺の望みは叶わないのか?

間違っている。
きっと何かが間違っている。
俺はどこで間違えた?
この望みを叶える為に、俺は何をすればいいんだ。
答えが出ないまま、直江は白井を演じ続けた。
私生活で心を偽り続ける今、撮影所にいる時だけが本当の時間だった。

演技も終盤に差し掛かり、直江は白井として光の病室でペンダントの入った小箱を開けた。
その瞬間、直江は演技をすることも忘れて叫んでいた。
「高耶さん…なぜだ! あなたはどうしてこんなことを!」
光を演じていた綾子が止めるのも聞かず、直江は高耶を探してスタジオを飛び出した。

新しい台本では、光がペンダントを出して見せるのではなく、洋二がペンダントの入った小箱を白井に渡すという設定に変わっている。
美しい箱根細工の小箱は、仕掛けが施されていて簡単には開かない。当時小学生だった洋二はそれが面白くて、光の留守に遊んでそのまま持っていてしまったのだ。
白井の昔話から、そこに入っていたペンダントが二人の大切な思い出の品だったと知って、洋二は白井に小箱を渡す。白井が新しい一歩を踏み出すきっかけになることを願って…
病室に小箱を持っていった白井は、光の目の前で箱を開ける。
そうして昔と同じように首にかけてあげると、光がいつもと違う反応を見せる。
…と言うストーリーで、撮影が進むことになっていた。

だがここで思いがけないことが起きた。
ペンダントの鎖が、驚くほど縺れてしまっていたのだ。
こんなことをするのは高耶しかいない。
つい最近まで、彼はこのペンダントを身に着けていた。
撮影に使うから返さなくてはいけない。そう言いながらも返すのを躊躇っていた。
それをわざわざ縺れさせて、箱に入れたのは何故だ?

初めて二人だけでスタジオに残っていた数時間。
それは直江にとって、忘れられない大切な出来事だった。
高耶はあの日から、ずっとこのペンダントを持っていたのだ。
手放せなくて…ずっと…
それは直江と同じように、あの日の出来事を大切に思っていたからじゃなかったのか?
その大切な記憶を、どうして今こんな風に晒してしまうのか。
直江には、高耶の想いがわからなかった。

どこを探しても見つからず、しかたなく戻ってきた直江を、千秋は思いきり怒鳴りつけた。
「バカやろう!撮影中に何やってんだ! てめえはそれでもプロか!」
蒼白な顔で歯を食いしばって俯いた直江を気遣って、綾子が縺れたペンダントの入った箱を千秋に見せた。
「あの子がこれをやったみたいなのよね…こんなに縺れさせてどうしろっていうんだろ。
まあ、あの子のことだから、直江に縺れを解いて欲しかったんだろうけど…」

なんで先に解いてもらわないかなあ?と首を傾げた綾子に、
「縺れを解く…? 俺に縺れを解いて欲しいって…」
直江は鸚鵡返しに同じ言葉を繰り返した。
あなたと俺を繋ぐ鎖を、縺れてしまったこの鎖を解くように、元の綺麗な一本の鎖に戻せというのか?
一体どうやって?

「うへぇ。また派手に縺れさせたもんだ。あいつ不器用にもほどがあるぞ。
…っつうか、ここまでやったら、ある意味器用って感じだな。」
千秋の声に集ってきたスタッフも、見事に縺れた鎖に、怒るより噴出してしまった。
「どうします? 切っちゃって繋げますか?」
スタッフの一人が言い出して、直江は慌てて箱を取り上げた。
「大丈夫。私がなんとかします。縺れをとくのは好きなんです!」

そうだ。あのときも高耶に同じことを言った。
縺れを解くのに大切なのは、諦めないということ。
これだと決めた一本を、諦めずに離さずに、大事に大事に辿っていく。
直江は、その緊張感の漂う、静かな時間が好きだった。
黙って緻密な作業をすることで、心が自然と落ち着いていく。
探し物をする時に針の目を通して見ろと言う昔の人の知恵があるが、それと同じように、
無理に考えなくても自分が何をどうしたいのか、心が決まることもある。

縺れを解き始めた直江の表情をみて、千秋は綾子やスタッフに撮影の用意をさせると、
「直江。もう一度それを箱に戻せ。白井になって縺れを解くんだ。
光と白井の心の縺れを、それで解いて見せてくれ。どんだけ時間がかかってもいい。
解く姿を光に見せるんだ!」
高耶がそこまで考えたかどうかはわからない。
けれどこれは素晴らしいシーンが撮れる。
それはきっと、見る人の心に届くものになる。
千秋はそう確信していた。

 

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