光のかけら−48

問題のシーンを演じる日が来た。
千秋が緊張した面持ちで見つめている。
洋二の気持ちになって演じる。いつもその気持ちで演じていたつもりだった。
けれど今、白井を演じている直江と向かい合って立ったとき、高耶は溢れてくる思いを、どうやって洋二の思いに切り替えればいいのかわからなくなっていた。

『好きだ。おまえ以上なんて、俺は見つけられない。他なんてない。探したくない!』
セリフに重なってしまう自分の気持ちを、無理に抑えなければならない難しさに、高耶は最初のひとことが口に出せなくなっていた。
洋二の思いは自分とは違う。
もしここでその思いを出せなければ、今まで演じてきた洋二という人間が死んでしまう。
がんじがらめになって休憩を願い出た高耶に、直江は視線を向けず言葉もかけずに、小さく畳んだメモを投げてよこした。

足元に飛んできた小石のようなメモを、高耶は拾い上げて開いた。
几帳面で綺麗な文字で、たった一行書かれただけのメモ。
「あなたを信じています」
自由に会えない、話せない今の状況の中で、他にも書きたいことはあるはずなのに、それだけしか書いていない。

それがとても直江らしく思えて、胸がいっぱいになった。
信じる。
俺はおまえを信じる。
おまえと俺の心は、確かに繋がっているんだ。

休憩が終わって演技に入った高耶は、洋二としての思いを白井にぶつけた。
恋とも敬愛ともつかない、純粋な思う気持ちを。
高耶の演技は、直江の予想を遥かに超えていた。

白井として洋二の気持ちを受け止めながら、直江は体が震えるほど感動していた。
こんな綺麗な思いを、受け止められる白井が羨ましくてならない。
シーンの収録を終えた高耶を、飛んでいって抱きしめたかった。

どうしてそうしてはいけないのだろう。
こんなに好きなのに。
こんなに愛しているのに。
俺はどうして…

直江は離れた場所から高耶を見つめた。
高耶も直江を見つめていた。
澄みきった高耶の瞳は、何かを決めたように、まっすぐ直江だけを見つめている。

(あなたは何を決めたんです?)

直江の心に、言いしれない不安が広がっていた。

 

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