光のかけら−47

「おはようございます。」
何事もなかったように挨拶を交わし、色部や綾子が撮影所にやってきた。
「やあ、おはよう。」
いつもと変わらない笑顔に、緊張していた心と体がホッと動きを開始する。
噂を知っているスタッフもいたが、千秋のひと睨みで好奇の視線を引っ込め、きびきびと作業に戻っていた。
外の喧騒も届かないスタジオの中は、相変わらずの活気に満ちて、撮影の準備が着々と整えられ、高耶も次第に噂が気にならなくなってきていた。

けれど珍しく少し遅れて直江が来たとたん、高耶の鼓動は一気に跳ね上がった。
乱れた髪、外れたボタンが、ここに来るまでの騒ぎを物語っている。
「直江!」
思わず駆け寄ろうとした高耶は、直江の瞳に厳しい拒絶の色を読み取って立ち止まった。
こんなときにも、傍に行くことさえ出来ないのか…
苦しい思いを抱えたまま、高耶は何も感じていないふりを続けるしかなかった。

すぐ近くにいるのに、挨拶さえ心に届かない。
上辺だけの言葉。上辺だけの微笑み。
それは自分たちを護るために、直江が必死に演じている嘘なのだとわかっていても、心に刺さる棘は、回数を重ねるごとにじくじくと痛みを増していく。
その日ずっと、直江は高耶と目を合わそうとしなかった。

やがて撮影が終わり、迎えに来た氏照と一緒に外に出ようとした高耶の目に、記者会見をしている直江の様子が館内モニターで映し出された。

「先日から皆様をお騒がせしている噂の件ですが、私も仰木さんも全く見に覚えのないことで、大変迷惑しています。共演者ですから話をしたりということはもちろんありますが、あくまでも友人に過ぎません。この休み中も一緒にいたわけではありませんよ。事務所に聞いてみてください。」

噂を否定し、淡々と語りながらも、この騒ぎを不愉快に感じていることを匂わせる。
「見事なものだ。これで疑う人はいないだろう。」
変装させた高耶を包み隠すようにしながら、上手に人を避けて車に乗り込んだ氏照が、満足そうに笑みを漏らした。
運転手が相模プロの事務所へと車を走らせる。
高耶の胸に言いようのない空しさが押し寄せていた。

信じたい。信じている。
それでも聞きたくなかった。見たくなかった。
嘘だとわかっているのに、それでもこんなに悲しいなんて…
俺はいつからこんなに弱くなったのか。
たったこれだけのことで心が揺れる。

自分の思いだけを信じていればいいのだ。
期待しない、求めない。
そう言い聞かせて生きていた自分は、どこにいってしまったのか。
こんなじゃダメだ。
直江に寄りかかって、直江が隠れて俺のところに来るのを待っているなんて、そんな関係なんか俺は望んでない。

どうしてこうなったんだ、どうすればいいんだ。
俺はどうしたいんだ!
何も答えを出せないまま、高耶は氏照に連れられて事務所に入った。

「さあ、今日からしばらくの間、ここに泊まってもらうよ。君の安全の為だ。
 まあ今日の会見を見た限りでは、そう心配することもなさそうだが。」
高耶を安心させようと微笑みながら、氏照は沈んでいる様子に胸を痛めていた。
こんなに辛そうな高耶を見たのは初めてだ。

私は間違ったことをしているのではないだろうか?
だが、ならばどうすればよかったのか。
迷い悩む氏照にも、その答えを出すことは出来なかった。

 

小説に戻る

TOPに戻る