光のかけら−46

そうだ。あのとき直江はこのことを言おうとしたんだ。
『心だけを信じてくれ』
そう言ったのは、直江がこれからすることが嘘だからだ。
直江は嘘をつこうとしてる。
俺の為に…
たったひとりで…

俺なんか関係ないって。ただの友達だって言うつもりなんだ。
それが俺を守る一番いい方法だから…
そうやって我慢するのか。
ひっそりと隠れて会えるようになるまで、ずっと我慢するつもりなのか。
それでいいのか?
おまえは…俺たちは…本当にそれでいいのか?
誰もいない空間を鋭いまなざしで見つめる高耶の横顔は、怒っているのか泣いているのか、千秋にはわからなかった。

「あいつがそうするなら、俺も合わせてやらなきゃな。」
しばらくしてポツリと呟くと、高耶は笑って千秋を見上げた。
「って言っても、いきなり知らん顔じゃやり過ぎか?」
ハハハと声をあげて可笑しそうに笑う姿が、なんだか痛くて見ていられない。
それでも千秋は一緒になって笑った。

こんな噂が早く消えればいい。
本当に心から笑える日が、早く来ればいい。
それまでは、笑って欲しいなら俺が笑ってやる。
だから…今は心の中で泣いてたっていい。
本当に笑える日も、頬をつたう涙を流せる日も、きっと来るから。

千秋の胸に、ふたりが木の下に並んで立っていたあの日の光景が、ふいに思い出された。
恋でも愛でもいいじゃないか。
男同士だろうがなかろうが、人が人を思うことに、どんな垣根があるというのか。
あのまなざしは、あのとき感じた思いは、どの言葉にも収まりきれないものだった。
人の心は言葉だけでは伝えきれない。
そう思ったとき、千秋は悩んでいた道の先に、微かな光が見えた気がした。

「景虎。やっぱ俺、好きって言葉の意味を考えるのは止めにした。気持ちは言葉じゃない。
わかるか?あれは洋二が自分の気持ちを伝えたくて使った言葉なんだ。気持ちが先なんだ。
言葉の意味なんて、あとからついてくるものだったんだ!」
興奮して腕を掴んで訴える千秋を、高耶は目を丸くして見つめた。

千秋の言っていることは、わかるようなわからないような抽象的なものだったが、洋二の気持ちが大事なのだと言っているのはわかる。
「それってどう演じたらいいんだ?」
自分が思う洋二なら、たぶん恋とかじゃないと思う。でもあの言葉はしっくりくるのだ。
洋二がどんな気持ちで言ったのか、考えてもわからなくて尋ねると、
「どう演じるかを考えずに、洋二の気持ちになって演じればいいんだ。」
千秋から返ってきたのは、もっと悩んでしまう答えだった。
「俺の好きにしていいってことか?」
「ああ、そうだ。」
どうにも困る返事だが、どこかふっきれた顔をした千秋は、高耶に全て任せるという。
あとで後悔しても知らないからな。と念を押して、高耶は辛い現実から逃れるように台本に没頭した。

やがて日が暮れると、仕出し弁当を肴に千秋が酒を呑もうと言い出し、ふたりは控え室で毛布にくるまって酒を呑みながら朝を待つことにした。
「撮影、明日からって言っても、みんなにはまだこの台本渡してないんだろ?」
いきなり本番なんて、いくらなんでも有り得ない。
大丈夫なのか?と心配する高耶に、
「明日は台本が変更になる前と同じシーンだから大丈夫だ。っつうか、おまえ覚えてないのか? 
ま、おまえは白井を見かけて病院まで送ってくだけだし、セリフも少ないけど。ちゃんと思い出しとけよ!」
千秋が監督らしく偉そうに言ってニヤリと笑う。
直江のことも噂のことも口に出さず、とりとめのない話をしているうちに、ふたりはいつしか浅い眠りに落ちていた。

 

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