光のかけら−45

新しい台本は、直江が演じる白井と高耶が演じる洋二の関係に、より重点が置かれていた。
毎日のように病院に行く白井を、ずっと見守り続けていた洋二は、白井の家に新しい連載の依頼にゆく。
その時の言葉が問題なのだ。

「白井さん、僕はあなたが好きです。あなた以上の人を僕は他に知らない。
あなたはもう書かないと仰ったけれど、それが義姉への償いなら、あなたは間違っている。
二人は本当に愛し合っていたんだ。だったら償いなんていらない。そうでしょう?
あなたが本の後書きに書いていたように、心にある愛を描くのなら、どうか新しい一歩を踏み出して下さい。
僕はそれが本当の意味での償いだと思う。お願いだ。あなたの思いを書いて下さい!」

白井はそれを承知する。
そして次に病院を訪れたとき、元々のラストシーンが入る。
他にも新しく追加された言葉やシーンはあるが、大きな変化は主にその部分だった。

好きにも色々ある。
洋二の好きをどう捉えるかによって、このシーンも後のシーンも変わってくる。
彼女が書いた脚本は、そのどちらでも違和感無く使えるものだった。

「正直に言って迷ってる。最初は人間的に好きって意味だと思った。けど…その…男に恋ってのも有りだなと思って…それもいいかって気になってる。」
「そうか。俺は人間的に好きって方がわかるけどな。恋って…よくわかんねえし。」
少し俯いて小さく溜息をつく高耶は、今まで見せたことのない艶っぽさまで感じさせる。
「おまえがわかんなかったら俺はもっとわかんねえよ! あ〜もう直江のヤツ、まだ来ないのか?」
ぽすんと椅子に腰掛けた千秋に、高耶は直江からの電話と自分の考えを話した。

話を聞いて、千秋はしばらく考え込んでいたが、
「確かに入り口にいた連中も様子を見に来たって感じだった。変な噂を広めた奴がいるのかも知れねえな。わかった。心配すんな。ここへは誰も入れない。直江との連絡は俺がつけてやる。どうせ明日から撮影だ。おまえ、ここに泊まってく?」
わざと明るく言うと、にんまり笑って酒とタバコの入った袋を出した。

「冗談だろー。こんなほこりっぽいとこ勘弁してくれ。直江から電話があるかもしんないし俺は帰る。」
立ち上がった高耶を、千秋は急いで帰り支度をして追いかけた。
「俺も帰るから一緒に行こうぜ」
裏口から出ようと歩いていた二人は、途中で慌てて走ってきた警備員に止められた。
「すみません、裏口も人が来てます。そのまま出るのはまずいですよ。」
警備員が出て行った扉から、言い争う声が聞こえた。

「ここで待ってても誰も来ません! 帰ってください!!」
「明日は? じゃあ明日まで待ってるぅ〜」
「あんなの嘘でしょう? 仰木高耶は男じゃないのっ。信じられない!」
「俺たちだってあんなの信じられるか! 仰木はそんな奴じゃねえ」
泣き声や怒声まで聞こえてくる。
顔色を失くした高耶を押しやるようにして、千秋はもう一度スタジオに戻った。

「こんな騒ぎになるなんて…俺どうしたらいい? みんなにも迷惑かけちまう。」
いつになく弱った顔を見せる高耶に、千秋はもう一度さっきの袋を掲げて見せた。
「ま、いいじゃねえか。噂で人が集るなんて、大スターになった気がするだろ? ここはそういうのにゃ慣れてるよ。きっと北条のおっさんが動いてくれてっから、ここで待ってりゃなんとかなるって。」
セットのソファーに体を丸めて座ったまま、高耶は目だけ上げて千秋を見た。
「ん。そうだな。またあの人にも迷惑かけて…俺ひとり何もできない。情けねえよ。」
独り言のように呟いて唇を噛んだ。

直江も今頃、きっと困ってる。
相手が俺じゃなければ、女だったら、噂になってもあいつなら上手くかわせただろう。
俺は…どうやってかわせばいいのかわからない。
一体どんな噂になっているんだろう?
男同士で恋愛なんていったら、気持ち悪いって思われるのが普通だ。
「どう思われたって俺は別にかまわねえ。けど…あいつが言われるのは嫌なんだ!」

考えただけで苦しくなる。
たまらなくなって言葉を吐いた高耶を見つめて、
「だったら隠すしかねえだろ。」
と千秋が言った。
「直江も同じことを考えてるはずだ。おまえが傷つけられるのだけは嫌だってな。」
千秋の言葉に、高耶はハッと顔を上げた。

 

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