光のかけら−44

直江が帰った後、氏照はデスクの電話で内線を呼び出した。
「私だ。ネットの方はどうだ?わかった。過激な発言が出たら抑えてくれ。方法は君たちに任せる。ああ。マスコミ関係には、この騒ぎを助長しないよう私が釘をさしておいた。…ハハハそんな酷い事はしないさ。彼らが大人しく言うことを聞いてくれればね。」
電話を切った氏照は、椅子に深く腰掛け、組んだ手を唇に押し当てて考え込んでいたが、おもむろに立ち上がると、キャビネットから『出演依頼(未処理)』と書かれたファイルを取り出し、パラパラと捲った。

「相模の北条です。先日は失礼しました。あのお話、詳しく聞かせて頂けますか? 
ええ、仰木もそろそろ恋愛モノに挑戦させたいと思いますので。よろしくお願いします。」
美しいラブロマンスだが、高耶はきっと嫌がるだろう。
それでも断れない仕事だといえば、渋々ながらも出演してくれる。
氏照は、高耶にラブロマンスを演じさせることで、噂はデマだと印象付けようとしていた。

プライベートは公表しない。
仕事以外は自由にさせる。

それが高耶との約束だった。
だが公表しなくても、地元に行けば高耶を知るものはいる。
まして彼ほど人気が出れば、生い立ちや家族のことを調べようとする人間が出てくるのも当たり前だった。
それを全て潰してきたのは、騒がれるなら契約しないと高耶が言ったからだ。
噂が広まって騒ぎが大きくなれば、高耶は辞めると言い出しかねない。

自分と高耶を繋いでいるのは仕事だけだ…
高耶を失う崖っぷちに立っているのは、直江ではなく自分なのだと思うと、氏照は心の底から直江を恨みたくなった。
恨むのは筋違いだとわかっていても、行き場のない怒りをぶつける相手が他にない。
氏照は直江が出ていったドアを見つめて、深い溜息を吐いた。

いつものように電車を降りて、撮影所に続く道を歩いていた高耶は、いきなり腕を掴まれて建物の陰に引き込まれ、反射的にもう一方の腕でパンチを繰り出した。
「うわっ!ちょ…待てっ!!」
とっさに顔面をガードした相手を見て、高耶は寸前でパンチを止めた。

「なんだ。千秋だったのか。」
ニッと笑った高耶にホッと力を抜いた千秋だったが、
「なんだじゃねえ!ったくてめえは…殴る前にちゃんと相手を確認しろよっ」
きっちり文句を言ってやると、
「だから止めたじゃねえか。」
高耶は何を言ってるんだとばかりに、平然と笑った。

やれやれと肩をすくめた千秋は、改めてマジマジとその顔を見つめた。
「…おまえ、朝から風呂でも入った?」
「なんだよそれ。いつも入ってねえみたいな言い方するな!」
ムッと睨んだ表情は、いつもと変わらないのだが、なんだか妙に綺麗でドキリとするのだ。
笑ってごまかしてから、千秋はその変化の理由に思い当たった。

(ああ、そうか…)
「恋は男も綺麗にする。by修平。なんちって」
ぽそっと呟いて「参ったな」と苦笑いした千秋は、わけのわからない顔をしている高耶を連れて、撮影所の裏口に向かった。

「表の方は変に人が多くてさ。時々直江とか仰木とか言ってんのが聞こえるし。
なんか嫌な感じがしたから、買い物のついでにおまえを待ってたんだ。」
それはきっと、直江が心配していた事と関係している。
でも千秋にどう言えばいいのだろう?
『関係者以外立入禁止』と赤く書かれた裏口を通って、いつものスタジオに入ってからも、高耶は千秋に相談するきっかけを探していた。

「これが新しい台本だ。読んでみてくれ。おまえの感想が聞きたい」
仕事モードになった千秋は、厳しくて鋭い目をする。
高耶は千秋のそんなところも好きだった。
飄々として軽い男のように見せているくせに、胸の奥に熱い心を持っている。
千秋の作品を観ていて、どんなにハードなものでもどこか優しい目線を感じるのは、この男が本当に優しいからだろうと、高耶は出会う前からずっと思っていた。
千秋の映画が前から好きだったなんて、今更恥ずかしくて言えやしないけど。

台本を読み終えると、高耶は伺うように千秋を見た。
「おまえ、これどんな風にしたいんだ?」
高耶の言葉に、千秋は眉を寄せて「うーん」と唸った。
「そう来たか。やっぱ勘がいいな。ちぇっ。おまえの反応みて決めようと思ったのに」
「なに言ってんだ。おまえの考えはもう決まってんだろ?どっちにするんだ。教えろよ」
子供みたいに答えを催促する高耶の顔を、千秋は困ったように見つめた。

 

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