光のかけら−43

高耶の所属する相模プロダクションは、業界でも5本の指に入る老舗として知られている。
事務所に着いた直江は、受付嬢の案内で奥の一室に通された。
「ようこそ、直江信綱さん。私が仰木高耶を担当している北条氏照です。」
どうぞ宜しくと手を差し出したのは、青年実業家を絵に描いたような男だった。

年齢は30歳前後だろうか。爽やかな笑顔と上品な物腰が育ちのよさを感じさせる。
どう見ても一介のマネージャーには思えず、直江は貰った名刺を眺めた。
(営業部長? どうして部長が自らマネージャーを?)
声には出さなかったが、顔に驚きが出たしまったらしい。
「千秋監督の紹介で、私が最初に逢ったんです。つい自分で担当したくなりましてね。」
照れたように微笑む顔が優しい。
仕事だからという以上に、高耶自身を大事に思っているのがわかって、直江は氏照に好感を持つと同時に少し複雑な気分になった。

「お話というのは、先日からネットで広まっている噂のことでしょう? あなたと高耶が怪しいとかいう…
全く馬鹿げた話だ。今騒いでいる連中も半信半疑だと思いますよ。」
氏照の話では、その噂は4日前にネットの掲示板に出た書き込みから、瞬く間に広がったのだという。
適当に相槌を打ちながら、直江は今の状況を正確に掴もうとしていた。

掲示板への書き込みは、二人が抱き合っているのを見たという、何の根拠も無い話だったのだが、
それを読んで本当かもしれないと思った人々が、事実を確かめようと直江の様子を見に来たり、
プロダクションに問い合わせたりするようになったらしい。
ドラマの撮影延期で、二人とも休みになって行方がわからなかったことから、噂を信じる人間が増えてしまったのだろう。と苦い顔をした氏照に、直江は曖昧な微笑を浮かべた。

4日前といえば松本に行った日だ。
直江の脳裏に、高耶の襟を掴んでいた男が浮かんだ。
顔も思い出せないが、もしかしたらあの時のことを恨んで?
じっと考え込んでいた直江は、突き刺すような視線に気付いて目を上げた。
「本当だったのだな…」
呟いた氏照の瞳が敵意に光っている。
驚いて見つめた直江を睨みつけて、氏照は低い声で呪いの言葉を吐いた。

「男同士で色恋なんて…どうしてそんな道に高耶を引き込んだ! 
手を出せばどうなるかぐらい、君ならわかっていたはずだ。君はあの子に何をしたか、わかっているのか!」
  怒りに拳を震わせる氏照の姿に、直江は思わず「どうして…」と呟いていた。

この思いに恥じるところなどない。それなのに同性だというだけで、どうしてこうなる?
だがこれが現実だ。だから隠すしかなくなる。
愛している。その真実は、高耶が知ってくれればそれでいいのだ。
それでも。
この思いを、たとえ口先だけでも嘘で隠さねばならないのは、思った以上の屈辱だった。

胸に広がる苦さを無理やり散らし、直江は笑いながら嘘を口にした。
「あなたまで何を言うんです。私達はそんな関係じゃない。今日ここに来たのは…」
「嘘を言えというのだろう?」
直江がほとんど何も話さないうちに、吐き捨てるように結論を言った氏照は、厳しい表情のまま椅子の背もたれに体を預けて腕を組んだ。
「休みの間、高耶は君と一緒じゃなかった。そういうことにすればいいのだろう?」
きっぱり嘘だと言い切れるのは、一緒にいたと知っているからだ。
片手を額に当てて難しい顔をしている氏照は、もう怒りを胸に鎮めて対策を考えている。

この男と戦うことになるかもしれない。
そんな予感を感じながら、直江は氏照の目をまっすぐ見つめて頷いた。
「ええ。そうして頂けると助かります。」
「礼には及ばない。こちらもそのつもりでいたのでね。」
そう言って、氏照も直江を正面から見据えた。

「君が本当に嘘をつき通すつもりなら、さっきのような表情は見せないことだ。
あれでは噂の真偽はともかく、君たちの関係は本当なのだと誰でもわかる。
私すら騙せないような嘘なら言わない方がマシだ。
それと。ドラマの撮影以外では、高耶に逢わないで頂きたい。
 私は私のやりかたであの子を守る。噂からも、君からも。」

わかっていた答えだ。
高耶を大事に思うなら、辛い恋などやめてしまえと願うのは当たり前だ。
だからこそ、隠し通さねばならない。
単なる友人だと。それ以上は何も無いのだと、高耶以外の人々に思い込ませる為に――

皮肉なものだ。ついこの前までは、高耶にそう思わせる為に感情を隠していた。
それをやっと出せたと思ったら、今度はもっと隠すしかなくなってしまった。

あなたに逢えたら、思いの全てを告げよう。
言葉で、体で、俺の全てで…
今は行けなくても、俺は必ずあなたのところに行く。
だから信じて下さい。
どうか…俺の心を信じていて下さい。

相模プロの事務所を出た直江は、自分のプロダクションへと向かった。
もう芝居は始まっている。
心に重い枷を嵌めて、直江は偽りの自分を演じようとしていた。

 

小説に戻る

TOPに戻る