光のかけら−40

警戒されていたのではないと知って、直江はホッとして高耶を見つめた。
なんという人だろう。
俺になら付け込まれてもいいなんて、狼の前に立って好きにしてくれと言うようなものだ。
そんな大胆なことを本気で言いながら、手を離さない言い訳なんかで赤くなる。

愛しい人…
もうとっくに虜になっているのに、俺はこれからもっと深みにはまるだろう。
もっと深く、あなたを知っていく毎に…

抱きたい思いが益々強くなっても、運転中ではどうにもならない。
明日の予定を話しているうちに、車はとうとうマンションに着いてしまった。
車を降りた高耶は、運転席の窓に手を掛けたまま、何度も口を開きかけては閉じていた。
「……寄っていくか?」
言葉になるまでの時間が、迷う心を物語っている。
直江は小さく震えている高耶の手をとって、自分の頬に押し当てた。

「無理をしないで下さい。あなたを苦しめるくらいなら、我慢するほうがずっといい。」
そう言って手にくちづけた直江を、高耶は真っ赤になって睨みつけた。
「悪かったな! こんなこと無理しないで言えっかよっ!直江のバカ!
おまえなんか一生お預け食らってろっ」
ペシッと強く手を振り解いて、高耶は後ろも見ずに走った。

恥ずかしくて死にそうだ。
欲しいなんて思わなきゃ良かったのか?
ばかやろう。
我慢してくれなんて思ってたら、ンなこと言ったりするものか。
俺がどんな気持ちで言ったと思ってんだ。
こんなの…俺だけこんな欲しくてたまらないなんて…

「高耶さん! 待って下さい」
「離せよ! おまえ帰るんだろっ!」
マンションのエントランスに入る寸前で、直江は高耶の腕を捕らえた。
そのまま抱き込んで脇に寄せ、逃げられないように壁に囲い込むと、直江は顔を背けている高耶を見つめた。

「本当に…なんて人だ。ねえ、高耶さん。あなたは本当にわかってるんですか?」
甘い囁きが、直江の欲しいと俺の欲しいは違うのだと告げてくる。
そうかもしれない。でも俺は…
「わかんねえよ! わからなきゃどうだって言うんだ」
押さえた声で低く叫んで、高耶は顔を上げて直江を見つめ返した。

濡れた瞳が、細い月しかない夜の中で煌く。
直江は高耶の体をマンションの壁に縫いとめて、息ができなくなるほど深く唇を重ねた。
「んっ…やめ…」
ようやく息を継ぐと、直江は足に力が入らない高耶を抱きとめた。
「わからないなら教えてあげます。我慢していて一生お預けなんて御免ですからね。」
長くて短かった一日を凌ぐ、甘美な夜が始まろうとしていた。

 

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