光のかけら−39

強い腕に抑え込まれるようにして、高耶は直江の胸に顔を埋めていた。
体に感じる温もりが、心の中まで沁みてくる。
ゆっくり息を吐き出すと、耳の奥でドクンドクンと激しく脈打っていた鼓動が小さくなって、
やがて直江の心臓の音が、とくん、とくん、と聴こえてきた。

その音をもっと聴いていたくて、心臓の辺りに耳を押し当てた。
とくん、とくん、とくん。
力強く拍動する鼓動を聴きながら、高耶は右手で直江のシャツをぎゅっと握り締めた。
「ばかやろう。こんなことして…事故ったらどうすんだよ。」
憎まれ口を叩くと、直江の体がくくっと震えた。
「そう思うならそのまま動かずにいて下さい。…離さないで…」

艶を含んだ柔らかい声で囁かれると、胸に甘く響いて困る。
それでなくても、もう俺はペンダントさえ手放せずにいるのに。
本物のおまえまで離せなくなってしまう。
ずっとそばに居て欲しいなんて、叶わない夢を願ってしまう。
「離さない」
口の中で小さく呟いた言葉が届いたのか、直江は肩を抱く手に力を込めた。

「飛ばしますから、しっかり掴んでいて下さい。」
言葉どおりスピードを上げた車は、中央高速を駆け抜けて都心へと向かっている。
「高耶さん。俺はあなたの弱みに付け込んでいる。今ならあなたに触れても許されるなんて、
そんな考えを持つような男です。だからあなたは、こんな俺を信じちゃいけない。俺は…」

左手一本でハンドルを操り、右手は高耶を離さない。
信じるなと言いながら、自分のしていることは矛盾だらけだ。
だから高耶の信頼が苦しい。
自分の中にある欲望を隠すことも、曝け出して高耶を失うことも出来ない。
前を走る車のテールランプを追いながら、直江は心の奥にある闇を見つめていた。

直江の胸にもたれて、目を瞑って聞いていた高耶だったが、ふっと笑うと肩に置かれた直江の右手に自分の左手を重ねた。
「ばかだな。どうしてそんなこと俺に教えるんだ。言わなきゃわからなかったのに。」
囁いた高耶の声があまりに優しくて、直江は思わず下を向いて顔を見てしまった。
「バカ! ちゃんと前見て運転しろ!」
とたんに厳しい声が飛んで、顔を上げた直江の腕を外しながら、高耶はゆっくりと起き上がった。

おまえは俺の弱みに付け込んだんじゃない。
俺の気持ちを受け止めてくれただけだ。
なのにおまえは…
誠実な直江。優しい直江。
おまえは自分がどんなに素晴らしい人間か、ちっともわかっていない。

信号待ちで高耶を見つめた直江に、高耶はまっすぐな瞳を向けた。
「おまえを信じるかどうかは、俺が決めることだろ? いいんだ、おまえなら。
付け込んだってなんだってかまわない。その…おまえの腕、嫌いじゃねえから…」
右手を掴んだまま、高耶は赤い顔で俯いた。

「離すなって、おまえが言ったんだからな。」
そういいながら、高耶の様子は離したくないと告げている。
直江は嬉しそうに微笑むと、長い指を絡めてしっかりと繋ぎ直した。
「明日も撮影は休みでしたよね。海にでも行きませんか?」
「海?そうだな。行ってもいいけど、おまえ大丈夫なのか?」

もうすぐマンションに着く。
おまえは本当に俺でいいのか?
心に浮かぶ問いかけは、直江には聞けない。
でも、たとえ答えが何であっても、俺はもうおまえを離さない。
おまえの温もりが、鼓動が、なによりも大切だと思えるから…

 

小説に戻る

TOPに戻る