光のかけら−37

「これケータイじゃねえか! 俺に?」
「うん。お父さんに頼んでたの。機種がこんなでごめんね。すぐ貰えるのこれしかなくて」
手提げになった赤い袋には、箱に入った携帯電話と可愛いストラップが入っていた。
「これって、おまえが欲しかったものだろう? おまえ、自分のは?」
今は高校生でも携帯を持ってるのが大半だ。
美弥だって欲しかったから親父に頼んだに違いない。
それを貰うなど、高耶に出来るはずがなかった。

「バカ。俺のことなんかいいから、おまえが持ってろ。」
そう言って袋を突き返したが、美弥は首を振りながら後ろに下がった。
「お兄ちゃん、自分じゃ絶対買わないもん! 普通の電話じゃ忙しいと悪いなって思うし、留守だと困るし…でも美弥だって、お兄ちゃんと話したい。メールしたいよ!」
目に涙まで溜めてお願いされて、高耶は袋を返すことも出来ず玄関で立ち尽くした。
「けどそれじゃおまえが…携帯持ってなかったらメールだって出来ないだろう?」
「いいよ。美弥はサンタさんに貰うまで我慢する。」

高校二年でサンタはないだろう。しかも今はまだ十月の初めだ。
思わず嘆息した高耶に、直江が小さい声で耳打ちした。
「その携帯はそのまま頂いて、代わりにあなたが美弥さんに買ってあげたらどうでしょう。」
それならいいかもしれない。
美弥は小さい頃から、素直なくせに一度決めたらてこでも動かない頑固者なのだ。
でもこの携帯の料金まで払わせるわけにはいかない。と思ったとき、美弥が言った。

「お兄ちゃん、美弥の学費払ってくれてるんでしょう? お父さんに聞いたよ。
美弥がね、高校に行かないって言ったら、お父さんが言ったの。
高耶がおまえの為に置いていった金を無駄にするなって…。
お兄ちゃん、美弥の為にだけ使ってくれって言ったんだってね。
それまだちゃんと残してるよ。だからね、この携帯はお兄ちゃんのお金で買ったのと同じなの。
だから何にも気にしないで、自由に使っていいんだよ。」

美弥は涙でいっぱいになった瞳で、高耶の顔をまっすぐ見つめた。
感謝と。愛情と。言葉に出来ない何もかもを、その真摯な瞳に込めて見つめた。
何も言わずに、高耶は美弥をギュッと抱きしめた。思いの全てをその腕に込めて。
「やだ。またシャツが濡れちゃう。」
ふふっと笑って、手で涙を拭きながら、美弥は高耶の腕から離れた。

「クリスマス、待ってるからね。忘れずにサンタさんにお願いしてよね。」
にっこり微笑んで、「元気でね〜」と手を振る美弥は、高耶が思っていたよりずっと大人だ。
「あいつ、おまえが言う前から俺に買ってもらう気だったんだな。」
車に乗り込み、楽しそうにクスクス笑い出した高耶に、直江は落ち着いた笑みを浮かべた。

「なんだよ。おまえ、もしかしてわかってたのか?」
「いいえ、まさか。女性の心理なんてわかるはずがないでしょう。」
すまして運転する顔を疑わしげに眺めて、高耶は助手席に深く体を沈めた。
女の心理を、こいつはきっとよくわかってる。
もしかしたら、俺の気持ちもお見通しだったりするんだろうか?
ちらりと横目で伺うと、直江は真剣な表情で前を見ている。

おまえは今、何を考えてる?
この気持ちを、俺はどうすればいいんだろう。
俺たちは、これからどこに向かうのだろう。
窓から見える三日月は、高耶の心を映すように、頼りなく夜空に浮かんで流れていた。

 

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