光のかけら−36

家に入ると、高耶は急いで救急箱を探した。
置き場所が変わっていなかったので、すぐに見つけて戻ろうとした時、鏡に映った自分の姿が目に入った。
どう見たって、シャツを着てない間抜けな男にしか見えない。
「どこが色っぽいんだか…」
苦笑しながら戻った高耶だったが、傷の手当てをしようと直江の手に触れただけで、カアッと体が熱くなって顔が上げられなくなってしまった。
なんとか手当てを済ませると、美弥を手伝ってくると言って、逃げるように部屋を出た。

直江がしたいこと。
俺がして欲しいこと。
気付いてしまった思いは、消したくても消えてくれない。
どうしたらいいかわからないまま、高耶は干していたシャツを掴んで、冷たい袖に手を通した。
まだ生乾きでアイロンもかかっていないが、ともかくこれで肌は隠れる。
ホッと息をついて、高耶は台所に入っていった。

直江の顔がまともに見れない。
このままでは、普通に話すことなど出来そうになかった。
幸か不幸か、火を消し忘れていたおでんは、ちょうどいい具合に味が滲みている。
「お、美味そう! 早く食おうぜ。」
箸や茶碗を用意している美弥に声をかけ、高耶は湯気の立っているおでんの鍋を、居間のテーブルに運んだ。

あの男たちの前では、シャツを着ていないことなど、なんとも思っていなかった。
もしも奴らがそんな目で俺を見ていたとしても、願い下げだと無視しただろう。
別に男に裸を見られたところで、どうってことはなかったんだ。
なのに…直江に見られると落ち着かない。
今はもう、シャツを着ていてさえ、胸の鼓動がおさまらなかった。

卓上コンロに鍋を置くと、高耶は向かいに座る直江と目を合わせないまま、大根とはんぺんとたまごをよそって渡した。
「心配かけてごめんなさい。たくさん食べてくださいね!」
美弥がごはんを大盛りにして渡し、3人は揃って「いただきます」と手を合わせた。

「美味しいですね! こんな美味しいおでんは久しぶりです。」
皿に盛られた分を綺麗に食べて、にっこり笑った直江に、美弥は嬉しそうに頬を染めた。
見ていてすっかり嬉しくなった高耶は、
「うん、ホント美味いよ、美弥。このじゃがいもなんか最高だ。」
空になった直江の皿をひょいと取り上げ、じゃがいもとスジ肉と厚揚げを入れたあと、
「他は…何がいい?」
と尋ねながら、うっかり目を見つめてしまった。

慌てて目をそらしたが、瞳に悲しい色が見えた気がして視線を戻すと、直江は楽しそうに微笑んで言った。
「じゃあ大根をお願いします。ダシが滲みて本当に美味しい。」
「うふふ。これね、お兄ちゃんに教えてもらったの。お兄ちゃんのはもっと美味しいんだけどね。」
「へえ。食べてみたいですねえ。」
「そんなたいしたもんじゃないけど、作ったら呼んでやるから…来いよ。」
高耶の言葉に、直江は本当に嬉しそうに頷いた。

食べ終わったのは、9時に近かった。
「ごめんな美弥。もう帰らないと…」
帰ろうとする高耶に、美弥は用意していた紙袋を差し出した。

 

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