光のかけら−35

「待ってろって言ったのに、なんで来たんだ。下手したらおまえが迷子だろう。」
鍵を返した直江に、高耶は厳しい言葉を投げた。
「こんな傷まで作って…あんな奴ら、俺ひとりで充分だったんだ。」
来てくれて嬉しかった気持ちは、明るい外灯の下で直江の手を見たとたんに吹き飛んでしまった。
深くはないが、左の小指の下が裂けて血が出ている。
「バカ! なんで美弥と帰らなかったんだよ…」

直江の手を引き寄せ、指でそっと血を拭うと、高耶は傷口を丁寧に舐めた。
「あなたは…本当にわかっていない。」
搾り出すような直江の声に、高耶は驚いて顔を上げた。
「なぜ来たかって? あなたが心配だったからに決まっている!
 今もこうして、あなたは何も知らずに、無防備な優しさを見せてくる…
 俺が今、どんな思いであなたを見てるか…何をしたがってるか…
 わかっていないから、そんなことが言えるんです!」

こんな直江を見たのは初めてだった。
声を震わせ、苦しげに眉を寄せて、爆発しそうな感情を抑えようとしている。
「直江…」
どうしたらいいかわからなくて、高耶は直江の瞳を覗き込んだ。

濡れた瞳が、怖いくらい綺麗だと思った。
目が離せなくなる。
流されそうで…このまま流されたくて…
いま抱きしめられたら、どうにかなってしまいそうだ。
と思ったとたん、高耶はハッと身を引いた。

女じゃあるまいし、抱かれたいなんてどうかしてる。
直江があんなことを言うから、おかしなことを考えるんだ。
でも…それじゃ直江が心配したのは…
直江がしたいことって…

顔が赤くなるのがわかった。
意識してしまうと、どうにもならない。
うろたえて背を向けた高耶に、直江が戸惑いながら手を伸ばした。
肩に手が少し触れるだけで、ドクンと心臓が跳ねる。
「は、早く帰ろう!」
振り返ることもできずに走り出した高耶の後に、直江が続いて走る。
やがて団地の前まで来ると、階段の入り口で待っていた美弥が、弾かれたように飛んできた。

「お兄ちゃん!良かった…あの人たちに連れて行かれたら、どうしようって思ったよ。」
ギュッと腕に抱きついた美弥の頭を、高耶は笑いながらポンと叩いた。
「なに言ってんだ。連れて行かれそうになったのは、おまえだろ? 
 …ったく女じゃあるまいし、大丈夫に決まってるじゃねえか。」

「男も女も関係ないよ。お兄ちゃん、なんか色っぽかったんだもん。
 あ!そうか、中が裸だからだね! ねえ直江さん、男でも危ないことあるよね?」
緊張が解けたせいか、やたらハイテンションになった美弥は、直江にまで同意を求める。
「美弥! 恥ずかしいからやめなさい!」
真っ赤になって玄関を開けた高耶は、美弥の口を押さえながら、家の中に押し込んだ。

 

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