光のかけら−34

体中の血が逆流した。
そこまで何歩で走ったのか、どうやって男を倒したのか、
直江には一切の記憶がなかった。
「やめろ! 直江!! もうやめろっ!」
背中から羽交い絞めにして止める高耶の声で、ハッと我に返ったとき、
直江は倒れた男の上に馬乗りになり、襟首を掴んで締め上げていた。

手を緩めると、男は倒れたままゼェゼェと荒い息を吐いた。
「この人に何をした!」
恐ろしい顔で迫る直江に、男は声も出ないで力なく首を振る。
「お、おれたちは何もしてねえ。」
腰を抜かした男のひとりが、震える声で言った。

「何もじゃねえだろ。人の写真を勝手に取りやがって。」
「けどよぉ。そいつの携帯はアンタが取り上げたじゃねえか。おれたちはそれ以上なんもしてねえだろぉ。」
高耶に話しかける男の、どこか甘えた口調が神経を逆撫でする。
直江はギリッとその男を睨みつけた。
(だったらなぜ、この男は衿を掴んでいたんだ!)
問い詰めたい気持ちを、直江は無理やり胸に押し込んだ。

今はとにかく早く帰るのが先決だ。
これ以上ここにいても厄介ごとが増えるだけで、得るものなど何も無い。
「帰りましょう。高耶さん。」
振り返った直江に、頷いて歩きかけた高耶だったが、
「あ、そうだ…携帯…」
高耶は男に携帯を差し出すと、撮った写真を全て削除させて返した。
「二度とするなよ! 女と付き合いたかったらなぁ、正々堂々とナンパしろ!」
ビシッと釘をさす瞳が真剣だ。
男は大きく目を見開いて高耶を見つめ、やがてコクンと頷いた。

「さあ、行きましょう。」
男の視線を遮るように、直江はわざと間に入って高耶を促した。
大人気ないとは思っても、こんな男に高耶を見つめさせたくなかった。
高耶の背に手を回して歩く直江を、男は鋭い目をして見送っていた。

「あの男…許せねぇ。」
ぽつりと呟いた男に気付かず、
「やっぱアレ、本物だよな。迫力あったよなぁ…マジでカッコイイとか思っちまったぜ。」
「直江って、直江信綱か?ドラマで共演してるだろ?うちの姉貴ファンなんだ。」
「ああ〜あんなことしないでサイン貰っときゃ良かった!」
二人は盛り上がって騒いでいる。

「ヘェ…直江信綱…」
男の胸に、ある計画が浮かんだ。
「面白いことになるぜ。あの男がどんな顔するか…ふふふ。引き裂いてやるよ、あんた達の仲を…」
ひっそり笑った男は、二人の会話に加わった。
会話に混ぜた何気ない言葉。その波紋が広がるのを期待しながら―――

 

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