光のかけら−31

シャツとハンカチをベランダに干した美弥は、台所で珈琲を淹れている高耶を見つけると、
「今夜はおでんなんだけど、直江さん、大丈夫だよね? 嫌いだったらどうしよう?」
と言いながら、鍋を火にかけた。
たちまち美味しそうな匂いが漂い始める。
「やっぱりこれだけじゃ足りないかなあ。ちょっと買い足しに行ってくるから、お兄ちゃんこれ見ててね。」
てきぱき手際良く動き廻る美弥を、高耶は優しいまなざしで見つめて微笑んだ。

「すごいな、美弥。いろんなこと出来るようになったんだな。」
何もしてやれなくてごめん。親父の世話も何もかも。おまえに押し付けてごめん。
見違えるほどしっかりした美弥を、誇らしく感じながら、心の中でゴメンを繰り返す。
「やだなあ。お兄ちゃんがそんな事言うと、珍しすぎて気持ち悪いよ。」
嬉しそうに笑った美弥は、財布を持ってパタパタと玄関に向かった。

「あ! 待てよ! 俺達、そんなゆっくりできないんだ。」
高耶が呼び止めるのを、
「でもシャツまだ乾かないよ? すぐ帰るから、お願い。
お父さん帰り遅いし、ちょっとでいいから一緒に食べてって欲しいの。
お願い! 待っててね!」
言い残して、返事も聞かずに飛び出して行ってしまった。
「美弥…」
帰りが遅くなると直江に悪いと思ったのだが、こんなに頼まれては断われない。
溜息をつくと、高耶は珈琲を淹れて部屋に戻った。

気まずい…。
直江と二人っきりだと思うと、なおさら意識してしまう。
珈琲を出す手が震えた。
なにか言わなきゃと思うのに、なんにも思いつかなくて、ゴクゴクと珈琲を飲んだら一気に飲み終えてしまった。
「にが…」
思わず顔をしかめた。喉の奥が熱い。
何をやってるんだ、俺は…。
これでは直江も居心地が悪いに違いない。
高耶は必死で言葉を探した。

「えっと…その…。あ、おでん食うよな? 美弥が一緒に食べてけって言うんだ。
おまえの都合も聞かないでホント悪いと思うんだけど、あいつ張り切って買い物に行っちまって…」
やっと思いついた話題に、ほっとして顔を上げたとたん、まともに直江と目が合った。

もう何も言えなかった。
吸い寄せられるように唇が重なる。貪るような口付けに喘ぎが洩れた。

さっきとは違う熱くて激しい口付け。
ダメだ。こんなの。気持ちが抑えられなくなる。
止めようと思うのに止まらない。
いつのまにか高耶は、直江の背をぎゅっと抱きしめていた。

 

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