光のかけら−30

「どうしてこんなことを?」
尋ねながら、直江は答えを期待していなかった。
高耶がこれを手放さなかった理由。
見当違いかもしれない。でも…俺の間違いでなければ…
目の前に高耶がいる。
間違いでもいい。直江はもう、伸ばした手を止めようとは思わなかった。

肌に触れていないのに、熱が伝わってくる。
直江の指が、細い銀の鎖を辿って上がってくるのがわかった。
どくん、どくん、と大きく脈打つ鼓動は、耳の奥まで響いて息を吐くのも苦しい。
どうしよう。どうすればいい?
喉元をつうっと這い上がった直江の手が顎を捉えたとき、
堪えきれなくて目を閉じた高耶の唇に、直江の唇が重なった。

不安定な体勢が崩れ、つんのめるように膝をついた高耶をしっかりと両腕で抱きしめると、
直江はゆっくりともっと深く唇を重ねた。

なぜだろう?
息が吸い取られて苦しいはずなのに、呼吸が落ち着いていく。
身体の力が抜けて、ふわふわしているような気分だ。
気持ち良くて、ずっとこうしていたくなる。

優しいキスに、ぼんやり体を預けていた高耶は、ザアザアと鳴り出した水音で
美弥の存在を思い出して、バッと直江を押しのけた。
今頃になって汗が噴出す。
ハァハァと肩で息をしながら、高耶は唇に手をやった。
放心したように、ペタンと畳に座りこんだ高耶を見つめながら、
直江は胸に手を当てた。

高耶の感触が生々しく残っている。この手に。唇に。
もっと、もっと感じたい。この手で。唇で。この体と心の全てで。
間違いじゃない。あなたも俺を求めてくれている。

重ねた唇から伝わった思いは、直江の予想を確信に変えた。
けれどそれはまだ、これ以上に進めるほどではない。
直江は胸に当てた手に力を込めた。
失うなんて出来ない。
だから今は獣を胸の奥に押し込める。
触れてしまったことで、抑えがきかなくなるのは目に見えていた。
それでも…

「すみません。」
と言いかけた直江の言葉に、高耶はハッと顔を上げた。
「やはり取り消せない。あなたが好きだ。
あなたが何と言っても、もう二度と否定しない。」
真剣な瞳が、まっすぐ高耶を見つめている。

胸が痛い。
でもこれは、あの日の苦しさとは違う。
甘く痺れるような痛みが胸を締めつける。
好きだ。おまえが好きだ。と心が叫んでいる。
口に出せば楽になるのだろうか。そう思ったものの、言えるわけがない。
直江の思いに、どうすれば応えられるのかわからなくて、高耶はただ黙って頷いた。

「珈琲、淹れてくる。」
かすれた声が自分の声じゃないようで、コホンと咳払いをしてカップをふたつ手にすると、
高耶はサッと立ちあがった…つもりだったが、足がカクンとよろけてしまった。
とっさに直江が背中から抱きとめた。
雛鳥のようにすっぽりと腕に納まった体を支えると、
思いがけず裸の胸に触れた手に、高耶がビクンと体を震わせた。

「高耶さん…」
首筋にかかる直江の息が熱い。
「悪りぃ。なんかよろけちまった。」
無理やり声を出して笑うと、カップを抱えて廊下に出た。
めまいがしそうで、そのまましばらく壁にもたれて目を閉じる。

「このままじゃ、どうにかなっちまう…」

呟いた思いは、直江も同じだった。
近いうちに、抑えがきかなくなるだろうとは思っていた。
でもこんなに早いとは…。
身が持たない。
目の前に彼がいるだけで、どんどん欲望が膨らんでいく。
直江は胸に拳を押し当てると、目を閉じて天を仰いだ。

 

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