『柊(ヒイラギ)』−5

よほど急いで走ったのか、高耶は真っ赤な顔でハッハと荒い息を吐くと、
ちょっと俯いて呼吸を整え、少し首を傾げて直江を見上げた。
高耶の肩や髪から、冷たい雪が零れ落ちる。

「どこから走ってきたんです? こんなに冷たい…」

直江は思わず抱き寄せるようにして肩の雪を祓っていた。
驚いて身を引きかけた高耶の瞳が、直江を見つめる。

「怖がらなくても、何もしませんよ。雪が融けると濡れて寒い。風邪を引いたら嫌でしょう?」

見つめ返した直江の瞳には、皮肉のかけらもなかった。

「おまえ…自分の雪を先に祓えよ。」

怒ったような口調で目を逸らし、ばふばふ直江のコートを叩いて押しやろうとする高耶の手を取って、

「あなたの方が大事ですから。ほら、こうすると暖かい。」

直江はスッと片袖を抜き、広げたコートを着せかけた。

「ばっ…おま…っ直江!」

高耶が真っ赤になって睨みつける。
その瞳を、直江は嬉しそうな微笑みで受け止めた。

「…酔ってるのか?」

「さあ、どうでしょう。武藤くんと少し呑みましたが、あの程度で酔ったりしませんよ。
 とても清々しい気分なんです。あなたに会えたし…寒くないですか?」

いつもより饒舌で陽気で、高耶の手を握ったまま放さない。
どう見ても酔っているとしか思えない直江を見上げ、高耶は少し笑って首を振った。

なんか変だと思ったら…

酔っぱらい相手に怒っても無駄だ。
諦めて恥ずかしさに目を瞑れば、直江のコートの中は暖かかった。

しばらく歩いて人通りのない脇道に入ると、高耶はポケットから携帯電話と小さな包みを出して、照れくさそうな顔で直江に渡した。

「これ、昨日は悪かったな」

直江は黙って首を振り、受け取った電話と包みを見つめた。
持っていてくれても良かったんですよ。…そう言おうとした唇は、なぜか動きを止めていた。

昨日の帰り際、携帯を持たない高耶の為に、自分の仕事用にしていた電話を、半ば無理やり押し付けた。
「何かあったら、ここに電話をして下さい。」
そう言って掛け方を教えた。
掛けて来ると思ったわけではない。
だが…掛けて欲しかったのだ…俺は…

高耶は、それを律儀に返しに来ただけ。ただそれだけだった…

直江の心に、言いようの無い寂しさが満ちた。

 

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