静かな路地に、音も無く雪が降る。
ひとつのコートの中で、こんなにも近くにいながら遠い心が悲しくて、直江は電話と包みを持った手で、コートの前を掻き合わせた。
「ちょ…ッ苦しいって」
高耶が窮屈そうにもがいて直江の手を外し、代わりにコートの端を握った。
「…ったく心配性だな。ンなことしなくても、俺は寒くねえし、もう逃げねえよ。」
笑いながら直江を見上げ、
「それ、どこにでもありそうなもんだけど、すっげぇ美味いんだ。
あんま甘くねえから、おまえでも大丈夫だと思うぞ。」
高耶は開けてみろというように、包みを軽く顎で示した。
電話をコートのポケットに仕舞って包みを開くと、中には微かに温もりの残る鯛焼きが、5つ並んでいる。
「冷める前に渡せるかと思ったのに…やっぱ甘かったな…」
覗き込んで、高耶が溜息混じりに呟いた。
白い息が手に触れる。
直江は鯛焼きをひとつ、つまんでパクリと頬張った。
サクッとした皮が香ばしく、ほのかな温もりと優しい甘味が、口の中で広がる。
それはそのまま、高耶の優しい温もりだった。
「美味しい…」
「だろ?」
高耶が嬉しそうに笑った。
望んだものとは違っていても、高耶が直江を思ってくれた事に変わりはない。
この温もりも、その心も、ちゃんと直江のすぐ傍らで、寄り添ってくれていたのだ。
それを遠いと思い、寂しいと感じたのは、もっと近くにいたいと望んでしまったから…
だがそれは、あの教会の柊に、赤い実を望むのと同じこと。
赤い実など無くてもいい。
俺が美しいと感じたのは、あの柊なのだから。
「高耶さんも、どうぞ」
もうひとつ出した鯛焼きを、高耶に渡して並んで食べる。
他愛ない会話と優しい温もりが、直江の心を暖かく包んで、いつまでもそっと揺り動かしていた。
2009年2月3日
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