その夜、仕事を終えた直江は武藤潮に誘われ、ふたりで屋台のおでんを食べていた。
「やっぱ大根は、これくらい分厚いのが良いよな。」
ハフハフおでんを頬張りながら、潮が嬉しそうに目を細める。
直江はコップ酒を一口呑んで、クタクタの竹輪麩を適当に箸で割って口に入れた。
少し煮込みすぎだが、出しが沁みて美味い。
ふと、隣りの潮と目が合った。
なんだ?と問いかける直江の視線に、潮は軽く笑って首を振った。
「や、何やっても絵になる男だと思ってさ。
これで実はイイ奴だなんて、ホント嫌んなるぜ。」
「なんだそれは。褒めているつもりか?」
眉を寄せて難しい顔をする直江に、
「褒めてんだよ。素直に喜べ。」
潮は片目を瞑ってニカッと笑った。
「だいたいなあ、顔が良くて品の良い男なんて、普通はキザでイヤミな奴にしか見えねえって。
けど、あんた割と不器用だもんな。あ、手先じゃなくて心が…さ。
なんか気持ちが本物っつうか、一生懸命っつうか…」
スジ肉を串から外しながら、潮はちょっと言葉を切って直江を見上げた。
「だからさ、一緒に呑むのも悪くねえなって思っちまうの。
今日は俺の奢りだ。遠慮なくやってくれよ。」
語れば語るほど、誉め言葉には聞こえない。
けれど潮の率直な語り口や眼差しは、直江の胸に温かく響いていた。
ずっと優秀であろうとしてきた。
誰と比べられても、遜色のない人間になったつもりでいた。
だが…
俺は今まで、人の何を見てきた?
世の中の何を、知ったつもりでいたのだろう?
しみじみと杯を傾け、屋台のおでんに舌鼓を打つ。
心がほどけてゆくような、そんな気がした。
暫くして屋台を出ると、いつのまにか白い雪が降っている。
「うひゃあ、雪だ!」
思わず歓声を上げた潮に、屋台の主人が笑って、
「ホワイトクリスマスだね、旦那。帰ったら奥さんとロオマンチックかい?」
「ははは…だったらイイんだけどな。俺は寂しい独り身よ。じゃあな、オヤジも風邪ひくなよ。」
手をポケットに突っ込んで、寒風の中へ踏み出した足が、直江を見上げて立ち止まる。
「ごちそうさま。」
微笑んで軽く頭を下げた直江の顔を、潮は少し眺めて小さく肩を竦めた。
「ロオマンチックが似合う男ってのは、やっぱこういう顔だよな。」
「ろお…?」
首を傾げる直江に、
「雪はロマンチックだなって話だ。ンじゃ、またな。」
潮は笑って手を振ると、雪の舞う道を駅に向かって歩いていった。
直江とは、帰る路線が違うのだ。
同じ職場に勤めていながら、そんな話をしたのも今夜が初めてだった。
今度もしも機会があれば、こんな風に高耶を誘ってみたい。
仕事を離れて、こんな時間を一緒に過ごして…
そうしたら、どんなに楽しいだろう。
夢を見るように、雪の舞う空を見上げた直江のポケットで、携帯電話のバイブレーションがブルッと震えた。
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