『仰木家のヘンデルとグレーテル』−2

 

「ふあぁ〜…眠ぃ…」

お腹が一杯になると、眠くなるものです。
ごしごし目を擦っても、トロンと閉じてゆく瞼は、もう開けていられませんでした。
やがて眠ってしまった二人を見て、高坂が満足そうに笑みを浮かべました。

心当たりを探し回ったのに絵本を見つけられず、直江は再び高耶の家に戻ってきました。
もう夜だというのに、部屋の明かりは無く、ベランダの窓も閉まったままです。
直江の胸騒ぎは大きくなっていました。
まさか…でも…

「すみません。勝手に入らせてもらいます。」

呪文を唱えて窓の鍵をあけると、直江は急いで靴を脱ぎ、家の中へ上がりました。
高耶の家は小さな公団アパートです。
キッチンの隣の部屋に落ちていた問題の絵本を見つけるのに、時間は2分とかかりませんでした。

「高耶さん! 美弥さん!」

もちろん呼んでも応えは返ってきません。
本のページは、森をさまようヘンデルとグレーテルが、お菓子の家を見つけたところで止まっていました。
そこから先のページをめくることが出来ないのです。
直江は呪いの言葉を吐いて、お菓子の家を睨みつけました。

元々この絵本は、魔法使いの幼児向けに作られたバーチャルゲームの試作品で、
ふたりで本を開くとゲームが始まり、お菓子の家に潜むラスボスの怪物を倒せばゲーム終了。
もし途中で止めるなら、外にいる人の名を呼んで助けを求めれば、元の世界に戻るという設定でした。

今は本の中に高坂ダンジョーという余計な人物が紛れ込んでいますが、
その設定が変わることはありません。

名前さえ呼んでくれれば…

けれど直江がどんなに願っても、ふたりは本から出てきませんでした。

ラスボスの怪物は、高耶なら魔法を使えなくても倒せるようなレベルです
なのに、お菓子の家まで来ていながら、どうして戻って来れないのでしょう?

開かないページ、そこに高耶は閉じ込められているのでしょうか。
心配で心配で堪りません。
直江は何度も何度も呪文を唱え、魔法の杖を振り続けました。

魔法界でも指折りの頭脳を持つと言われる高坂ダンジョー。
高坂は直江の目の前で、本の中に消えました。
つまりゲームとは関係なく、あちらに行く方法があるはずなのです。
直江の耳に、高坂の言葉が蘇りました。

「追えるものなら追ってくるがいい。おまえに私は捕まえられぬ。ギルドのナオエ」

ギルドのナオエ…あの言葉は…

 
探るように空を見つめ、眉間に皺を寄せて考え込んでいた直江は、やがて深く息を吸い、絵本と魔法の杖を畳の上に置きました。

「高坂。貴様の間違いは、あの人を早く帰さなかったことだ!」

閉じた絵本に両手を乗せて、直江は一瞬の迷いもなく呪文を唱えました。
くらりと揺らいだ視界に、高耶の怒った顔が見えた気がしました。

 

  

              2010年1月17日

      

高耶さんを助けに行く直江。絵本の中では、いったい何が起きているのでしょうか?

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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