ボールを手にした高耶は、蘭丸のマークを振り切ろうと、右に左にドリブルする手を変えながら、一気にゴールへ走った。
追って走る蘭丸の腕に、冷たい雨の雫が落ちる。
もはや体当たりも肘打ちも、効果が無いのは証明済みだ。
足を引っ掛けて転ばせたところで、ボールを取れなければ意味がない。
何より今の蘭丸には、もうそんな小細工をする気がなかった。
目の前で見せられた、彼らの鮮やかなプレー。
こちらがわざと卑怯な手を使っても、それに乗ることなく、あくまでも正攻法で勝つというのか!
力に力で応じるのではなく、ただ打ち消しただけで反撃もしなかった景虎が、なぜか無性に腹立たしかった。
景虎は甘い! 青い!
なのに…なぜ勝てない?
なぜ…勝てない気がするんだ!!!
馬鹿な。
蘭丸は自分の弱気を嘲笑った。
負けるわけが無い。
そっちがその気なら、正攻法でもこちらが上だと示すまでだ。
たった3点。すぐに入れてみせる。
「頼竜殿! 景虎の右を!」
一人では止められないと判断した蘭丸は、頼竜と二人で挟み込む作戦に出た。
とにかくボールを奪うのが先決だ。
勝つのは殿だ!!
おまえなど。這いつくばって許しを請うがいい!
あと少しのところで左右を挟まれ、進路を塞がれた高耶は、ガードが外れたはずの千秋にパスを送ろうとした。
だがどこをどうしたのか、千秋の姿が見えない。
見えたのは信長とベストポジションを取り合う直江の姿だけだ。
千秋はその背後か。
「直江っ! 千秋を!!」
叫んで隙間を縫ってパスを送った。
直江がこちらの意図に気付いて、信長を抑えてくれたら…
高耶の狙いは、もちろん直江にも千秋にも通じていた。
しかし、当然のことながら、それは信長にもわかってしまった。
「させるか!」
必死に動きを阻もうとする直江を、力任せに跳ね除けて、信長はボールに飛びついた。
走りこんだ千秋も飛んだが、さすがに届かない。
ボールを手にした信長は、空中を歩くように大きくジャンプすると、ゴールにシュートを叩き込んだ。
「スラムダンク?!」
唖然とした顔で、譲がつぶやいた。
「すげぇ迫力…」
震えるような息を吐いて、やがて観客は我を忘れて手を叩いていた。
黒い雲が渦を巻き、風が激しさを増していく。
髪をなびかせて立つ信長は、昂然と高耶を見下ろした。
「やるじゃねえか。」
まっすぐに見つめ返して、高耶は不敵に微笑んだ。
「ふん。嬉しくもなんともないわ。」
そう言って背中を向けた信長は、転がったボールを取った直江に向かって走り出した。
最後に走ったのは、いつだったろう?
ふと浮かんだ疑問は、そのまま風に溶けた。
そんなこと、どうだっていい。
信長は、ただボールを追って走っていた。