そしてバレンタイン当日。
高耶は朝からアルバイトに励んでいた。
夕方に会う約束をしたものの、待ちきれずに迎えに出た直江は、バイト先の近くに車を止めると、終わる時間を見計らって外に出た。
「お疲れっした!」
元気な声と共に、高耶が裏口から飛び出してくる。
「高耶さ…」
呼びかけようとした直江は、目の前の光景にアッと言葉を失った。
「悪い、待たせちまったな。」
高耶は店の脇から顔を出した譲に軽く手を上げると、楽しそうに並んで歩いてゆく。
約束の時間は、まだ先だ。
それまでに友人と会って何が悪い?
…そう頭では思っていても、心に受けた衝撃は消えてくれない。
まして今日はバレンタインだ。
数日前に感じた不安が胸をよぎり、直江は急いで二人の後を追った。
女鳥羽川の橋に差し掛かった辺りで立ち止まった譲は、カバンから小さな箱を取り出した。
「はい、これ。高耶にあげる。」
「ん?」
キョトンとした顔で受け取った高耶に、
「開けていいよ。」
と譲が促す。
「これって、あん時のチョコ…」
「うん。高耶に渡すつもりで買ったんだ。」
譲は戸惑う高耶の瞳を捉え、
「逆チョコだよ。意味、わかるだろ?」
真っ直ぐな目で、しっかりと見つめた。
高耶が茫然と首を振る。
「なんで…嘘だろ?」
「譲さん!」
たまらず割って入った直江は、高耶を支えて立ち尽くした。
高耶の受けたショックが、痛いほど伝わってくる。
「譲さん…どうして!」
わかっていたはずだ。譲ならば、高耶がどんなに苦しむか、わかるはずなのに…
「あんたがいるからだよ、直江センセー。」
いつの間に来たのか、橋の方から千秋の声が聞こえた。
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