『逆チョコ?大混戦』

ある日の放課後、校内を見回っていた直江は、窓の外から聞こえた女子達の賑やかな噂話に、思わず耳を澄ませた。

「ええ〜ッ!仰木くんが逆チョコ?」
「マジで?見たの?」
「うん。特設ンとこで。メチャ目立ってたよ〜♪」
「わかる。目は合わせられないけど、こっそり見ちゃうよね。誰にあげるんだろ?」
「気になる〜!ってゆーか貰いそうな子いる?」
「わかんない…でもさ、今年は男子もチョコ贈るのアリって感じになってるっしょ?結構カッコイイ男子も買いに来てた。」

「アタシ千秋くんに会ったよ。チョコ頂戴って言ったら、また今度ね〜って逃げられちゃった。」
「何ソレ!あんた、そんなコト言ったの?」
「ヤダ!抜け駆け?」

女子の話は、そのまま別の方向に流れてゆき、直江は廊下をゆっくりと歩き出した。
逆チョコ? 高耶さんがチョコを買った…ということは、もしかして俺に?
見回りなど上の空で、様々なシチュエーションが頭の中を巡る。

期待に胸を膨らませ、英語担当教員室に戻った直江を待っていたのは、噂の人物。
我が物顔で椅子に腰掛け、チョコをかじっている高耶だった。

「直江も食べるか? 美味いぜ、このチョコ。」
嬉しそうに机に並べたチョコを、1つ取って差し出す高耶に、
「…そういえば好きでしたね、甘いもの…」
バレンタインを期待した自分が馬鹿だったと、直江は溜め息混じりに微笑して、チョコを持つ手を引き寄せた。

あっと思う暇も与えず、唇を重ねる。
抵抗する高耶の体を抱きしめ、甘いキスを貪って、直江はゆっくりと舌で唇を舐めた。

「ごちそうさま」

美味しかったですよ。と耳元で囁いた直江を押し剥がし、高耶は慌てて椅子から立ち上がった。

「このバカ!…ンなとこで何すんだよ!」

言葉のわりに声は掠れ、赤い頬と潤んだ瞳が誘うように揺れている。
これでも本人は目いっぱい怒っているつもりなのだから、自覚が無いのも困ったものだ。

「誰も来ないって、知っているから待っていてくれたんでしょう?」

英語担当教員室といっても、月曜の午後は直江だけしか使わない。
もちろん高耶も、それを知っているからこそ、暢気にチョコを食べていたのだが、
だからといってこんなところで、簡単に流されたくは無かった。

高耶は直江の手が届かない場所まで移動すると、警戒するように身構えている。
まるで毛を逆立てた子猫のようだ。

こんな顔をされると、可愛くてよけいに触りたくなってしまう…
だが迂闊に手を出せば、一瞬で虎に変わる高耶だ。
直江は大人しく自分の席に腰掛けると、何も知らなかった顔をして、チョコレートの話題を持ち出した。

「どうしたんです? このチョコ。珍しい銘柄ですね。輸入品?」
「昨日、譲と一緒に買ってきたんだ。」
「譲さん…?」

引っ掛かるものを憶えて、問い返した直江の心も知らず、
「今バレンタインで、いつも売ってないようなチョコあるだろ?
 譲が行こうって言うからさ。女子ばっかだと思ってたけど、案外そうでもなくて面白かったぜ。」

高耶は楽しそうに笑って、
「けど俺のイチオシは、譲が買ったチョコだったんだ。
 俺も買おうとしたのに、あいつダメだってきかなくて…子供みたいだよな。」
おまえにも食べさせてやりたかったのに…と肩を竦めてドアに向かった。

「もう帰るんですか?」
「ああ、バイトだからな。」
出てゆく後ろ姿を見送って、直江は机の上に置かれたままのチョコを手に取った。

バレンタインなど、どうでもいいと思っていたが…
待っているより、いっそ…というフレーズが、なぜか頭から離れなかった。

 

直江の気も知らず無邪気な高耶さんですが…(笑)バレンタイン当日は、果たしてどうなることやら(^^;

 

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