『ディア・ディテクティブ』−8

背中がドンと直江にぶつかって、はずみで転びそうになった体を、反射的に支えて立たせると、
怯えた顔を上げた少年は、楢崎を見て凍りついたように動きを止めた。

「卯太郎…」

どう声を掛けていいか、わからなかった。

「どうしたんだよ。学校は? こんなとこで何やってんだよ…」

心配が先にたった楢崎の声に、少年の目からみるみる涙が溢れて零れ落ちた。

「楢っちゃん…どがいしよう!どがいしたらええ?おれのせいで、あん人が…」

つぶらな瞳に涙を溜めたまま、卯太郎は縋るように楢崎を見上げた。

小さな体が震えている。
だがそれは、怯えている目では無かった。

「助けてもろて、オレだけ逃げるなんて出来ん!
 けど戻ったら足手まといになる…なあ、どがいしたらええ?
助けとうせ! あん人が危ないんじゃ!」

必死に訴える卯太郎は、今すぐ飛び出して行きたい気持ちを、懸命に抑えている。
直江は楢崎と目を見交わし、卯太郎に話し掛けた。

「その人は今どこに?
 何が危ないか、わかる事があれば聞いておきたい。教えてくれるかい?」

「はい!」

大きく頷いて、卯太郎はゲームセンターの名を告げた。

「ずっと待っちょったきに、あん人が出て来よらんで、悪そうな連中が4人も入りよったがです。
 店員が連れて来たみたいに見えたし、始めの3人と仲間やったら7人、店員も混ぜたら9人になる…っ!
 オレなんかを助けたせいで、あん人が…」

「おまえのせいじゃない!」

声を震わせた卯太郎の肩を掴み、楢崎が一喝して俯く顔を覗き込んだ。

「君のおかげで貴重な情報が得られた。
 すぐ署に行って応援を呼びたいが、私達は時間が惜しい。
 …どうするかな…」

卯太郎と楢崎が、同時に直江の顔を見上げた。

「城北署に行って、楢崎に頼まれたって言えばいい。行けるよな、卯太郎!」

「オレ行きます!」

言うが早いか走りだした卯太郎は、脇目も振らず一心に署を目指した。
直江と楢崎も、緊張を漲らせてゲームセンターに急ぐ。

「署に連絡を。」

「今かけてます!」

携帯電話をかけながら、楢崎は直江の横顔に、感謝の眼差しで小さく頭を下げた。

* * * * * *

頬を掠めたパンチの反動で、僅かに体が揺らいだ。
ふらつく足に力を入れて踏ん張っても、もう次を避ける余裕はない。
蹴られた胸が、息を吸うたびに灼けつくように痛んだ。

「手こずらせやがって」

「観念しな!」

口々に叫んで、男達が殴りかかる。

殴られ蹴られて、高耶は遂に両腕を後ろ手にされ、床に押さえ込まれてしまった。

歯を食いしばった口の中に、血の味が広がる。
床の冷たさが、雨と汗で濡れた体に凍みて、ゾクリと悪寒が背中を走った。

「兄貴!こいつ、サツだ!」

もがくことも出来ない高耶のコートを探り、ポケットから手錠と警察手帳を見つけた男が、素っ頓狂な声で叫んだ。

「なんだと? 誰だ、どっかの組のモンとか言ったのは…!」

「マズいッスよ。これ正当防衛じゃ通らねえっしょ…」

動揺する男達は、思わず瞬間的に高耶から注意を逸らした。

その隙をついて、高耶は拘束力が緩んだ体を転がし、仰向けになって思いきり足を蹴り上げた。

「おわッ!」

「痛ってぇ…この野郎、何しやがる」

ズキンと胸を貫いた鋭い痛みに、高耶は青ざめた顔をしかめながら、ゲーム台の隙間に後退りで這い込んだ。
脂汗が流れる。
こめかみを打つ音が煩く響いた。

ガシャーン!!
バキッ!
ぐはぁッ!

恐ろしく騒がしい音の合間に、人の声が聞こえる。

「仰木さん!どこです?」

「無事か?仰木刑事!いるなら返事をしろ!」

楢崎の声に重なって、会ったばかりの男の声が聴こえた。
初めてなのに、なぜか耳に残る…深くて印象的な…

「仰木刑事!」

薄く霞む視界の向こうで、誰かが近づく気配がした。

2008年11月26日

 

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