背中がドンと直江にぶつかって、はずみで転びそうになった体を、反射的に支えて立たせると、
怯えた顔を上げた少年は、楢崎を見て凍りついたように動きを止めた。
「卯太郎…」
どう声を掛けていいか、わからなかった。
「どうしたんだよ。学校は? こんなとこで何やってんだよ…」
心配が先にたった楢崎の声に、少年の目からみるみる涙が溢れて零れ落ちた。
「楢っちゃん…どがいしよう!どがいしたらええ?おれのせいで、あん人が…」
つぶらな瞳に涙を溜めたまま、卯太郎は縋るように楢崎を見上げた。
小さな体が震えている。
だがそれは、怯えている目では無かった。
「助けてもろて、オレだけ逃げるなんて出来ん!
けど戻ったら足手まといになる…なあ、どがいしたらええ?
助けとうせ! あん人が危ないんじゃ!」
必死に訴える卯太郎は、今すぐ飛び出して行きたい気持ちを、懸命に抑えている。
直江は楢崎と目を見交わし、卯太郎に話し掛けた。
「その人は今どこに?
何が危ないか、わかる事があれば聞いておきたい。教えてくれるかい?」
「はい!」
大きく頷いて、卯太郎はゲームセンターの名を告げた。
「ずっと待っちょったきに、あん人が出て来よらんで、悪そうな連中が4人も入りよったがです。
店員が連れて来たみたいに見えたし、始めの3人と仲間やったら7人、店員も混ぜたら9人になる…っ!
オレなんかを助けたせいで、あん人が…」
「おまえのせいじゃない!」
声を震わせた卯太郎の肩を掴み、楢崎が一喝して俯く顔を覗き込んだ。
「君のおかげで貴重な情報が得られた。
すぐ署に行って応援を呼びたいが、私達は時間が惜しい。
…どうするかな…」
卯太郎と楢崎が、同時に直江の顔を見上げた。
「城北署に行って、楢崎に頼まれたって言えばいい。行けるよな、卯太郎!」
「オレ行きます!」
言うが早いか走りだした卯太郎は、脇目も振らず一心に署を目指した。
直江と楢崎も、緊張を漲らせてゲームセンターに急ぐ。
「署に連絡を。」
「今かけてます!」
携帯電話をかけながら、楢崎は直江の横顔に、感謝の眼差しで小さく頭を下げた。
* * * * * *
頬を掠めたパンチの反動で、僅かに体が揺らいだ。
ふらつく足に力を入れて踏ん張っても、もう次を避ける余裕はない。
蹴られた胸が、息を吸うたびに灼けつくように痛んだ。
「手こずらせやがって」
「観念しな!」
口々に叫んで、男達が殴りかかる。
殴られ蹴られて、高耶は遂に両腕を後ろ手にされ、床に押さえ込まれてしまった。
歯を食いしばった口の中に、血の味が広がる。
床の冷たさが、雨と汗で濡れた体に凍みて、ゾクリと悪寒が背中を走った。
「兄貴!こいつ、サツだ!」
もがくことも出来ない高耶のコートを探り、ポケットから手錠と警察手帳を見つけた男が、素っ頓狂な声で叫んだ。
「なんだと? 誰だ、どっかの組のモンとか言ったのは…!」
「マズいッスよ。これ正当防衛じゃ通らねえっしょ…」
動揺する男達は、思わず瞬間的に高耶から注意を逸らした。
その隙をついて、高耶は拘束力が緩んだ体を転がし、仰向けになって思いきり足を蹴り上げた。
「おわッ!」
「痛ってぇ…この野郎、何しやがる」
ズキンと胸を貫いた鋭い痛みに、高耶は青ざめた顔をしかめながら、ゲーム台の隙間に後退りで這い込んだ。
脂汗が流れる。
こめかみを打つ音が煩く響いた。
ガシャーン!!
バキッ!
ぐはぁッ!
恐ろしく騒がしい音の合間に、人の声が聞こえる。
「仰木さん!どこです?」
「無事か?仰木刑事!いるなら返事をしろ!」
楢崎の声に重なって、会ったばかりの男の声が聴こえた。
初めてなのに、なぜか耳に残る…深くて印象的な…
「仰木刑事!」
薄く霞む視界の向こうで、誰かが近づく気配がした。
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