『ディア・ディテクティブ』−3

3階に上がると、楢崎は手前から2番目のドアを開けた。
捜査1課の看板が、入り口の上に架かっている。
案内など無くても充分わかる場所だったが、
驚いたことに、どの机にも人の姿は見えなかった。

「あれ? なんだ、まだ誰も戻ってないんだ…」

ちょっと困った顔をしたものの、楢崎は直江を席に案内すると、

「すみません、多分この机になると思うんすけど…俺ちょっと課長を呼んで来ます!」

バタバタと走ってゆく姿を見送って、直江は部屋を見回した。

捜査1課…今日からここで刑事としての日々が始まる。
課長でも課長補佐でもない、ヒラの刑事としての日々が…

直江警視…か。
そう呼ばれたのは、つい先日までのこと。
今は、元・警視の警部補だ。

憶えのない失態で、警部補にまで格下げになると告げられた時は、
あまりの怒りに体が震えた。

なぜだ?
俺が何をした?
正義と信じた道を、貫こうとしただけだ。
それが悪かったというのか?

もっと上手く立ち回れば、良かったのかもしれない。
だが…

苦い思いが胸を塞ぐ。
直江は窓を開けて、雨の打ちつける黒い道路を見下ろした。

モノクロームに染まってゆく視界の隅を、不意に何かが駆け抜けた。

あれは、さっきの…
仰木…
雨の中を傘も差さずに、どこへ走っていくのだろう?

 
姿を追って、目線を移しかけた直江は、

「よ、直江警部補! 元気に落ち込んでるみたいじゃねえか。安心したぜ。」

ドアが開くと同時に掛けられた嬉しそうな声に、ムッツリと顔を顰めて振り向いた。

「ご挨拶だな…千秋。…失礼、千秋課長と呼ぶべきだった。」

全く何の因果で、こうなったのか…

同僚だった頃から、年下ながら抜群に有能な男だった。
ほぼ同時に警視になった事もあり、お互いに頑張ろうと言っていたのが、
まさかこうなるとは…

ここまでくると溜息を吐く気にもなれず、
直江は笑顔を作ろうともしないまま、千秋を見つめて言葉を待った。

 
「見事な仏頂面だな。」

千秋はニヤリと笑ってデスクに着くと、直立不動で厳かに辞令を読み上げた。

「今日からおまえは俺の部下だ。俺の指示に従ってもらう。」

頷く直江を見つめ、その隣に並んだ楢崎に目をやって、

「仰木がなんつったか知らねえが、直江警部補には奴と組んでもらう。
 楢崎は、武藤の補佐に回れ。これはもう決定事項だ。
 おまえたちが何を言おうと変える気はねえ!
 二人は今から仰木を捕まえ、それぞれの任務に付く事。 いいな?」

言い渡すと、椅子に座って電話を始めた。

途方に暮れた顔の楢崎が、
「…直江警…警部補、行きますか。」
自分の席から傘を掴んで、げんなり肩を落として歩き出す。

直江の背中を見つめる千秋の瞳には、なぜか不敵な笑みが浮かんでいた。

 

2008年11月2日

千秋の命令でコンビを組むことになった直江と高耶さん。
まずは高耶さんを捕まえなきゃ始まらないんですが…大丈夫なのかしら…?(笑)

 

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