君など知らない。初対面だ。
と言い捨てて立ち去るだけの事が、なぜ出来ない?
俺は何を動揺しているのだ?
今までにない自分の心に混乱して、固まってしまった直江に、
「アッ!」
予想外のところから、大きな声が挙がった。
「この方ですよ、仰木さん!課長が言ってた…直江警視!…ですよね?ね?」
声の主は、たった今まで襟を掴まれ、震えていたはずの男である。
何かの事件の容疑者だとばかり思っていた男が、
襟を掴んだ手を易々と振り解き、親しげな笑みを浮かべて話し掛けてくる。
直江の眉間に、深い皺が寄った。
つまり彼らは同僚で、傍迷惑も顧みず、階段でふざけていたのだ。
熱い気迫を感じたと思ったのは、錯覚だったのか…
腐っている。
何もかも、腐りきっている。
心が一気に冷えてゆく。
直江は唇の端を僅かに上げて笑みを作ると、
「すまないが、挨拶は着任後に改めて…。
君達も、こんなところで悠長に遊んでいる暇が惜しいだろう。
私に構わず、どうぞ捜査を続けてくれ。」
皮肉をたっぷり込めて言い捨てた。
「失礼」
氷のような目を向け、邪魔だと言わんばかりに肩で押しのけて、
階段を登りかけた直江の横で、仰木がフッと鼻で笑った。
「そうだな。俺もアンタと同感だ。」
呟きながら、直江に向けた瞳には、さっきまでとは違う皮肉な光が煌めいている。
仰木は直江を顎で軽く指し示し、
「楢崎、わかったろ? ご本人サマが、こう言ってんだ。
俺が捜査に行っても命令違反じゃねえだろう?
あいつに言っとけ。『仰木に子守りは無理です』ってな!」
言うが早いか、跳ぶように階段を駆け降りる。
「酷ッ!…そんなこと課長に言えないっすよぉ…」
ガックリと肩を落とした楢崎は、直江の視線に気付いて、
「えーと、じゃあ…行きますか。捜査1課、この上なんで…俺も今から行くとこだったんすよね。」
慌てて元気に笑ってみせた。
下手過ぎる言い訳に、流れる汗が透けて見えそうだ。
直江は小さく息を吐き、楢崎を待って階段を上っていった。
険悪ムードの初対面。さてさて、これからどうなることやら…(笑)
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