その日は朝から雨だった。
重く沈んだ心を、映し出したような暗い空。冷たい雫を祓って、直江は静かに傘を畳んだ。
入口の案内を見ると、転属になった職場は、この古びた建物の3階らしい。
迷わず階段を選んで、2階の踊場に差し掛かった時、
「危ねえ!避けろボンクラ!」
鋭い声と同時に、頭上から二人の男が、もつれ合うようにして飛んできた。
勢い余って、ドン!と背中から壁にぶつかった男の襟首を、
もう一人の若い男がグッと掴んで締め上げる。
青ざめて震える男に、若い男はニヤリと笑って、
「俺から逃げようなんて、いい根性してんじゃねえか。
さあ、キッチリ吐け!あいつはどこに行ったんだ?」
目の前にいる直江を、全く無視して問い詰める。
「君、取り調べるなら、係官のいる取調室を使いたまえ。通行の邪魔だ。」
冷水があったら浴びせたい気分で言い放ち、脇を通り過ぎようとした直江の顔を、
襟を掴まれた男が目を丸くして見ている。
若い男が、初めて直江に目を向けた。
目が合った瞬間、ドクンと胸の奥が鳴った。
粗野で不躾な眼差しだ。
そう思うのに、直江は彼の瞳を見つめたまま、言葉が出なくなっていた。
なんという瞳だろう。
夜の闇を思わせる漆黒の瞳が、まるで内側から光を放つかのように輝いている。
いつしか直江は足を止めて、その黒い瞳に魅入っていた。
「アンタ…どこかで会ったか?」
訝しげに直江を見つめていた彼が、ググッと顔を近づける。
綺麗な切れ長の目が至近距離に迫って、直江は思わず息を呑んだ。
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