『ディア・ディテクティブ』−11

「ディア・ディテクティブ」−11 この人は、あの少年のことを気にしているのだ。
だが直接それを言わず、こんな尋ね方をする理由は、ただひとつ…

「その怪我…どうして警察だと、先に言わなかったんです?」

答えの代わりに返ってきた言葉に、高耶の瞳が丸くなって、それからスッと細くなった。
熱が醒めた顔でベッドに横たわると、もう何も話すことは無いと言わんばかりに目を閉じる。
そんな高耶を暫く眺め、直江は立ち上がって窓のカーテンを開けた。

南に面した窓からは、重く垂れ込めた雲の合間から射す光が、
ちょうど高耶の頬から肩の辺りに差し込んで、やわらかな影を落としている。

「あの少年は、自分のせいだと泣いていました。
 あなたがいてくれなかったら、彼らに脅されて万引きしただけでなく、
 もっと恐ろしい目に遭っていただろうと…
 確かにそうでしょう。
 だがそれだけなら、警察官だと名乗った上で少年を保護し、脅している連中を逮捕すれば良かったはずだ。
 答えて下さい。なぜ言わなかったんです?」

いつしか言葉が敬語になっていた。

おそらく仰木は、あの卯太郎という少年の万引きを、無かった事にしてやりたかったのだ。
脅されてした事であっても、罪は罪。
警察官なら、見て見ぬふりは許されない。

だから言わなかった…

この人は、警察という後ろ盾を使わず、ただの一個人としての立場で、あの少年を助けようとしたのだ。

脅していた男達だけでなく、少年自身の罪から、少年の心と未来を救う為に…

 
それが正しかったとは言わない。

もし卯太郎が、商品を返しに行かず黙って逃げてしまったら、
そして仰木が殺されでもしていたら、それこそ最悪の結末を迎えていた。

そんな可能性を、仰木は考えなかったのか?

当初3人だった脅迫者には勝てると思っていたとしても、少なくとも卯太郎が逃げるかもしれないとは、思ったはずだ。
そうなった時、仰木は知っていて少年の罪を見逃したことになる。
脅迫者を捕らえても、褒められるどころか、罪を問われるのは仰木の方だ。
店に損害を与えたと訴えられる可能性もある。

だが直江には、仰木が様々な可能性を知っていてなお、その選択をしたように思えた。

仰木…高耶…

刑事と呼ぶな、と呟いた微かな声が蘇る。

警察という組織の中にいながら、この人は別の天を見ている…?

「高耶…さん…」

呼びかけた言葉は、なぜか特別なもののように、直江の胸に響いていた。

 

 

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