高耶は薄く目を開けて、直江の後ろ姿を見ていた。
(笑った顔しか見てなかったからな…)
直江信継という名を初めて聞いたのは、1年以上も前のことだった。
ある事件の解決に、めざましい活躍をしたとかで、
滅多に他人を褒めなかった署長が、見習えと言ったもんだから、
どんな奴か顔を見てやろうと、警視庁に行ったついでにチラッと課を覗いた。
あの時は、幸せそうに笑っていた。
今じゃ眉間に皺を寄せて…
何を問われても、答える気は無かった。
わかるわけがない。
こんな坊っちゃんに…
そっと目を閉じた時、
「高耶…さん」
直江の声が、驚くほど近くに聴こえた。
ギョッとして薄く目を開けると、枕元の椅子に腰掛けた直江の顔が、すぐ近くに見えた。
椅子が低いのか、座ると目の高さが同じくらいになって、見つめられていると瞬きさえ知られそうな気がする。
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とりあえず反対側に顔を向けようとした時、直江が再び名前を呼んだ。
「高耶さん、あの少年…卯太郎くんは、任意で事情聴取しただけで家に帰しました。
店の方も楢崎巡査部長が付き添って事情を説明し、許してもらったそうです。」
反応を待つように言葉を切って、直江は静かに高耶を見つめた。
何も聞いていないふりで、目を瞑ったまま顔を背ける高耶の頬が、ピクッと動いた気がする。
直江は更に話を続けた。
「…先程の質問、あなたが本当に知りたかったのは、その事でしょう?
それとも言葉の通りに、雨の中を傘も差さずに走るあなたの姿を、私が見かけたところから話しましょうか?」
狸寝入りを確信している直江の声が、皮肉な口調で高耶を煽る。
「本当に…無茶な人だ。今回は卯太郎くんが賢い少年だったから助かったようなものです。
いつもこうでは、命が幾つあっても足りない…」
「るせえ!説教なら署に行って言えよっ!」
遂に高耶がキレた。
大きな声を出すと痛むのだが、幸か不幸か怒鳴りたくても小さな声しか出せない。
代わりに思いきり険悪な目で睨んだ高耶を、直江は憎らしいほど平然と見つめ返した。
「ええ、署でも言わせてもらいます。千秋課長の方針で、私は当分あなたと行動を共にするようですし、これからも忠告は惜しみませんよ。」
「…っ!千秋のやろう」
舌打ちして、高耶が直江を睨みつける。
おまえに俺の何がわかる!
勝手な思い込みで、説教なんかされてたまるか!
言葉にしない高耶の想いが、睨み合う瞳を透して伝わってくる。
そうだ…何もかも、まだ俺の憶測に過ぎない。
知りたい…この人を、もっと…
仰木高耶という人間を…
直江の中で、熱い何かが育ち始めていた。
2008年12月23日
一応この話は、これで完結です。でもシリーズとしては、まだ序盤(笑)←シリーズ化する気ですよ…(^^;
ここまでおつきあい下さってありがとう! 感謝です! m(_ _)m
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