旧制第一高等学校寮歌解説

今日回り來る

大正13年第34回紀念祭寄贈歌 東大

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1、今日回り來る歡喜(よろこび)に 修道の丘夢亂る
  花紅は變らねど    仰ぎし古塔影もなく
  悲風慘澹徒らに    猶我胸を鎖すかな

2、夫れ見よ百鬼跳梁の 禍難の跡は消えやらで
  世は潰滅の歎きあり  荒廢の徴人に見る
  語るをやめて諸共に  先ず奮闘(たたかひ)に備へずや

5、今言祝(ことはぎ)の盃は      吾また乾して祝はまし
  たヾ醉ふ勿れ靑春は  遂に醉うふべき時ならず
  生短くて憾みあり     嗚呼我が(こころ)遂げんかな

*「言祝」のルビは昭和50年寮歌集で「ことほぎ」に変更。
昭和10年寮歌集で、キーを少し上げ、変ロ長調からハ長調に移調した。他は変更なし。

 各段の対応する小節のリズムはほぼ同じであるが、例外は、1段1小節「けふめぐり」、1段2小節「くる」、6段3小節「とざすか」。すなわち、最初の出だし「今日回り來る」と最後の「鎖すかな」である。ほんの少し、他とリズムを変えるだけで、胡椒のようにピリッと曲が引き締まっている。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
今日回り來る歡喜(よろこび)に 修道の丘夢亂る 花紅は變らねど 仰ぎし古塔影もなく 悲風慘澹徒らに 猶我胸を鎖すかな 1番歌詞 今年もまた紀念祭が巡って来た喜びに、向ヶ丘は湧きあがっているが、昨年は大震災があって、素直に喜べない。悲喜こもごもの複雑な気持ちで今年の紀念祭を迎えた。桜の花は、昔と同じように咲いているけれども、一高生が朝な夕なに仰いできた時計台の姿はなく、何とも痛ましく悲しくて、今となってもなお我が胸を締めつける。

「今日回り來る歡喜に」
 「歡喜」は、今年もまた寄宿寮の開寮を祝う紀念祭が巡って来た喜び。

「修道の丘 夢亂る」
 「修道の丘」は、向ヶ丘のこと。一高寄宿寮を古代仏教寺院の僧院になぞらえる。古代仏教寺院は全寮制の学問寺であった。多くの僧侶が教義を究めるため戒律厳しく僧坊で起居をともにした。今も南都西ノ京の唐招提寺や姫路の書写山円教寺等には往時の僧坊跡が残る。ちなみに、有名な阿修羅像を展示している興福寺の国宝館は食堂跡である。
 「夢亂る」の「亂」は、紀念祭はうれしいが、昨年は大震災があったので素直に喜べない。悲喜こもごもの乱れる心中をいう。
 「大震災から受けた悪夢のような思いに、紀念祭を迎える喜びもかき乱され胸も鎖されてしまいそうだが、一方、この試練に立ち向かい、復興の気持ちを失わず新たな夢をそこに託して複雑に入り乱れる気持ち。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「花紅は變らねど」
 「花紅」は、桜の花が色美しく咲いていること。「變らねど」は、昔と同じように。
 
「仰ぎし古塔影もなく」
 「古塔」は、本館・時計台。震災で亀裂が入り、傾いた時計台は、大正12年10月9日、工兵隊の手により、防災上の理由から爆破・取壊された。
「9日遂に第一回の爆破を行ふ。轟然天を衝く爆音に、30年來榮の歴史は一時に消失せしかと覺えて、感慨無量轉た去るに忍びざりき。嗚呼斯くして時計臺は遂に滅びたるか」(「向陵誌」大正12年)

「悲風慘澹徒らに 猶我胸を鎖すかな」
 何とも痛ましく悲しくて、今となってもなお我胸を締めつける。
夫れ見よ百鬼跳梁の 禍難の跡は消えやらで 世は潰滅の歎きあり 荒廢の徴人に見る 語るをやめて諸共に 先ず奮闘(たたかひ)に備へずや 2番歌詞 それ見て見よ、多くの人が怪しく醜い行為をするのを。大震災の被害の跡は、今だ消えず、世は亡んだ、世も末かと嘆く人が多い。人は、将来に希望を失い心は荒び果てている。一高生よ、あれこれ言って嘆くのは止めて、みんなと一緒に、まずは震災からの復興に力強く立ち上がろうではないか。

「夫れ見よ百鬼跳梁の」
 「百鬼跳梁」は、多くの人が怪しく醜い行為をすること。「百鬼夜行」に同じ。

「禍難の跡は消えやらで」
 「禍難の跡」は、関東大震災の被害の跡。「消えやらで」の「で」は活用語の未然形を承けて打消しを表し、下の語句と接続する助詞。消えないので。震災の爪痕がまだ多く残っているので。

「荒廢の徴人に見る」
 「荒廃の徴」は、大震災の被害を受けて、将来に希望が持てなくて、心が荒んでいく兆候。

「語るを止めて諸共に 先ず奮闘に備へずや」
 「語るを止めて」は、前の句の「世は潰滅の歎きあり」を承けて、嘆くのを止めて。「奮闘」は、大震災からの復興の戦い。
悲慘な人の運命(さだめ)にて 正理の計は成らずとも 理想に生くる若人に 衰ふべしやその氣魂 熱烈の氣を呼號して 天地の間に行けや友 3番歌詞 人生には悲しい出来事は付きものであり、また正しい道理が通らないことだってあるが、理想を追い求めることを生き甲斐とする一高生の、何ものにも屈せずに立ち向かっていく強い精神力が衰えるはずがない。情熱を込め激しく大きな声で叫んで、天をも突く気概を見せてみよ。

「悲慘な人の運命にて 正理の計は成らずとも」
 「悲慘な」は、昭和10年寮歌集で「悲慘は」に変更された。「正理」は、正しい道理。
 「『正理の計は成らずとも』は、うまく道理を正そうとして、なかなか思いどおりにはいかなくても。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「理想に生くる若人に 衰ふべしやその氣魂」 
 「理想に生きる」は、理想を追い求めることを生き甲斐とする。「若人」は、一高生。「気魂」は、何ものにも屈せず立ち向かっていく強い精神力。こういう辛い時こそ、一高生は強い氣魂を発揮せよということ。

「熱烈の氣を呼號して 天地の間に行けや友」
 「呼號」は、大声で叫ぶ。「天地の間」は大気、空中であるが、天をも突くと解釈した。
高踏はそも何かせん 區々の驕は何かせん 華飾の夢の昏くして 理路の行途(ゆくて)は定めなし いざ燭とりて濁世に 正義の(こころ)求めずや 4番歌詞 一般人には理解できない高い理想に生きているんだと高ぶっていいのか、そんなことは何にもならない。各々が思い上がって人を人とも思わない勝手な行動をしていいのか、そんなことは何にもならない。美しく飾られ大切にされてきた一高の傳統と言われているものも、今は時代遅れとなって、論理の筋道が通らなくなっている。向陵に籠城するのは止めて、いざ、社会に打って出て行こう。燈火をかざして、濁った世に光を当て、正義がまかり通る正しい世の中に改めていこうではないか。一高生なら、そういう正義の志を持ってほしい。

「高踏はそも何かせん 區々の驕は何かせん」
 「高踏」は、世間一般の人にはついて行けないような高い理想を追求すること。ここでは、一高生は、向ヶ丘にそそり立つ寄宿寮に籠城して高い理想に生きているので、世間の俗人とは違うんだと栄華の巷を見下す考えや行動をいう。「驕」は、金や権力があることをいいことに人を人と思わない勝手な行動をすること。ここでは、天下の一高生だから何をやってもいいんだという驕り。
 「『高踏』は、世を避けて身を清く保つこと。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 大正11年12月6日の僞一高生事件(偽一高生に対する人権蹂躙・不法逮捕・不法監禁の疑いありとして問題となった事件)、大正12年2月エトワール事件(森川町カフェ・エトワールでの紀念祭イブにおける一高生の無銭飲食・器物損壊事件)を踏まえているか。
 「(東大助教授森戸辰男先輩は)現下の思潮より説き起して高踏的なる在来の向陵精神を難じ、柏葉兒の驕慢なる心に一大痛棒を加え、新しき時代に応ずべき新たなる良心の喚起を求め、向陵兒よ、特権の夢より醒めよ、民衆へ赴け、と叫び満堂の健兒をして無限の感慨に耽らしめたり。」(「向陵誌」-弁論部史大正8年)
 「向陵誌」は、カフェ・エトワール事件について次のように記す。
 「向陵の危機は來れり。將に向陵存亡の秋は來れり。前日より各新聞紙に陸續掲載せらりし向陵腐敗堕落の文字は、・・・吾人は一概に之を否定する能はず。・・・思ふに我が向陵は將に沈滞の極にありて、徒らに空虛なる傳統の形骸を奉じて以て向陵の主義真髄となし、些の獨創、創造する所なき、死せる向陵に非ざるか。或一部の者には、我は向陵生なり、一高生なりてふ名目の下に、恰も一高生は如何なる専横亂暴をも許さるゝが如く自認し、害を社會に及ぼす如き者少なからず。固より我は一高生、向陵生なりてふ自覺あるはよし。然れども己が社會の一員たる事を忘れ、我等一高生には特殊の権能を許され、一般社會とは異なる優越なる生徒なりと自認し、些細の背徳非道は許さるべきなりと思惟するが如き卑むべき自惚は之を捨て、宜しく社會の一員として之を善導し、以て社會の進歩向上を期するの自覺あるべき也。」(「向陵誌」大正12年2月9日生徒大会の檄文より抜粋)
 
「華飾の夢の昏くして 理路の行途は定めなし」
 「昏い」は日暮れ時、すなわち時代遅れ。次の句「いざ燭とりて濁世に正義の志求めずや」との繋がりを考えれば、具体的には、頑なな籠城主義を捨て、向陵健兒は社会に出て行こうとの意か。この頃表面化した、駒場への移転問題と関係あるか。駒場への移転については、如何に一高の伝統を駒場に移転させるか、また、移転すべき一高の伝統とは何かが、昭和10年の駒場移転まで、延々と一高生の間で議論されていくことになる。
 「『理路の行途は定めなし』は、さきの『正理の計は成らず』(第三節第2句)と同趣旨」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 「愈愈向陵は社会化せられ、籠城主義も漸く崩壊し始め、皆寄宿制度撤廃の叫びさへ喧しくなり、新向陵の黎明は來りたり」(「向陵誌」辯論部部史大正11年)
「徒らに空虚なる傳統の形骸を報じて以て向陵の主義真髄となし、些の獨創、創造する所なき、死せる向陵に非ざるか。」(「向陵誌」大正12年)

「いざ燭とりて濁世に 正義の志求めずや」
 「燭」は、世の中を照らす灯。「正義の志」は、済世救民の志である。
 「『燭とりて』は、導きの灯をもって世を照らし。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
言祝(ことはぎ)の盃は 吾また乾して祝はまし たヾ醉ふ勿れ靑春は 遂に醉うふべき時ならず 生短くて憾みあり 嗚呼我が(こころ)遂げんかな 5番歌詞 紀念祭を祝って、自分もまた皆と一緒に乾杯したいと思う。しかし、青春だからといって、酔っていてはいけない。青春、いまだ醉うべき時にあらず。すなわち、青春だからといって、快楽にうつつを抜かすべきではない。なすべきことをやり遂げるには、人生は、あまりにも短いとつくづく残念に思う。それでも、自分の志だけは、なんとしても遂げたいと思う。

「今言祝の盃は 吾また乾して祝はまし」
 「言祝」は、ことばで祝う。祝の言葉を述べて、長命や安泰を祈る。もともと「ことほき」といったが、後世、「ことぶき」または「ことほぎ」と濁った。原譜のルビ「ことはぎ」は誤植であろう。「まし」は、所謂反実仮想の助動詞。素直に紀念祭を祝うことのできない心情をいう。

「たゞ醉ふ勿れ青春は 遂に醉ふべき時ならず」
 「たゞ醉ふ勿れ青春」は、青春は短く二度とないのだから、思う存分楽しもうという快楽主義を戒める。「遂に」は(下に否定を伴って)、いまもって、いまだ。

「生短くて憾みあり」
 「生」は、人生。なすべきことをやり遂げるには、人生は余りにも短い。

「嗚呼我が志遂げんかな」
 「志」は4番の「正義の志」、すなわち濁世に灯をともして照らすこと、済世救民の志をいう。
                        

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