旧制第一高等学校寮歌解説

丘の祭祀に寄す  宴して今日 

大正13年第34回紀念祭寄贈歌 東大

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 丘の祭祀に寄す

宴して今日誕生の
喜びをなし給ふとよ
誕生の喜びを
搖曳きに生きむ事もとて
誕生の祭まで寄せまつるかな

嚴かの時の流に
新しき力よ躍れ
嚴かの時の流に
新しき叫よあがれ
力よいざ叫よいざ
今ぞ今ぞ今ぞ
いざいざ
1番目、2番目の3連符は、下線が2重線(1部または全部)、スラー類似の表示で、「3」数字もないが、3連符とした。同様に3番目の3連符も後ろの2音に2重線があるが、これも誤植とみなし、通常の8分音符の3連符とみなした。4段5小節の音符下歌詞(よせ)は左にずれているようだが、そのままとした。

昭和10年寮歌集で、キーを下げるとともに、テンポ表示などの変更、印刷ミス(おそらく)など訂正を行った。概要、次のとおり。

1、調・拍子
1)調
 原譜は歌詞2行目(宴して今日誕生の 喜びをなし給ふとよ)までは変ロ長調、歌詞3行目以降(誕生の喜びを)は変ホ長調であったが、キーを下げるために、これを順にト長調、ハ長調に移調した。
2)拍子
 独唱部分の4段目までは4分の3拍子、合唱に入る5段目以降は4分の4拍子。これは昭和10年寮歌集でも変わらず。

2、テンポ表示
 テンポ表示、「早く」「遅過ぎぬ程に」「中庸に」「Atempo(a tempo)は同じ位置で変わりなし。「Accel」(アッチェレランド だんだん速く)は削除された。現譜で、a tempoは、どこの速さに戻るのだろうか?Accel削除は誤植か?

3、音
 ①2段3小節2音ラは、現譜では8分休符である。数字譜は、昭和3年寮歌集でもであるが、0の誤植の可能性が高い。
 ②4段5小節3音ファは、現譜ではラである。

原譜にあった「獨唱」「合唱」の文字がなくなった。寮歌は皆で歌うもので、独唱を主体とした歌は、寮歌にふさわしくないと考えたか。ただし、この寮歌も今では誰も歌わない。一般寮生用ではなく、合唱クラブ向きの曲である。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
丘の祭祀に寄す 向ヶ丘の紀念祭に寄贈する。
宴して今日誕生の
喜びをなし給ふとよ
誕生の喜びを
搖曳きに生きむ事もとて
誕生の祭まで寄せまつるかな
1番歌詞 向ヶ丘では、祝宴を催して今日誕生の寄宿寮の喜びをお祝いなさるそうだ。それでは、寄宿寮誕生の喜びに事寄せて、大震災の復興に向けて一高生の使命・心構えについて、寄贈歌として贈らせていただきたいと思う。

「今日誕生の」
 一高寄宿寮は明治23年3月1日に開寮した。本来なら3月1日が開寮記念日であるが、学制改革のため3月の実施は不可能となった。大正10年は1月30日(日)、11年は1月29日(日)に開催されたが、大正12年からは曜日に関係なく、2月1日を紀念祭の日とした。
 「一高創立を顧み」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)ではなく、寄宿寮の誕生である。

「喜びをなし給ふとよ」
 「給ふ」は、目上の者の好意に対する目下の者の感謝・敬意を表す。先輩といえども向ヶ丘に対し敬語を使っている。世の人が大震災の苦しみに喘いでいる時に、紀念祭を催すとは何事かと、皮肉をこめてか。「とよ」は連語。格助詞トに間投助詞ヨがついたもの。文末に使われて、強い感情を表したり(・・・よ)、伝聞を表す(・・・ということだ)。ここは伝聞とした。
 「うたげの筵敷かば敷け」(大正13年「草より明けて」6番)

搖曳(ゆりび)きに生きむ事もとて 誕生の祭まで寄せまつるかな」
 「搖曳」は、一般には「ようえい」と読む。その意は通常、雲や旗がゆれたなびくさま、楽音の静かにゆるく流れるさまをいうが、ここでは関東大震災と解す。「生きむ事」は、生きる心構え。寄宿寮誕生の喜びに事寄せて、一高生の心構えを紀念祭に寄せる意であろう。「とて」は連語。トは格助詞、テは接続助詞。・・・と思って。「まつる」は、神や人にものをさし上げるのが原義。たてまつる。

 「おそらく一高創立を紀念(記念)する喜びをゆらめかせながら、生きて行こうとする後輩へ寄せる、というのであろう。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 「『搖曳』は、大震災による時計台の倒壊を表現し、それにもめげない一高生のたくましい生き方への期待を歌ったものと考える」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)
嚴かの時の流に
新しき力よ躍れ
嚴かの時の流に
新しき叫よあがれ
力よいざ叫よいざ
今ぞ今ぞ今ぞ
いざいざ
2番歌詞 大震災の潰滅的な被害で、東京は廃虚となっても、時はいつもと変わりなく坦々として過ぎて行く。廃虚から復興し、新生日本を築くために力を奮え。廃虚から復興し、新生日本を導くための思想を叫べ。大震災で、世の人が苦しんでいる今こそ、一高生よ、済世救民に立ち上がる時である。

「嚴かの時の流に 新しき力よ躍れ」
 「嚴かの時の流に」は、大震災の時でも、いつもと変わりなく、坦々として時は流れて行く。「新しき力」は、廃虚を復興し新生日本を築く力。
 「若き日本のあけぼのに 朝の鐘を撞かんかな」(大正9年「のどかに春の」4番)

「嚴かの時の流に 新しき叫よあがれ」
 「新しき叫」の「叫び」は、廃虚を復興し新生日本を導く思想。

「力よいざ叫びよいざ 今ぞ今ぞ いざいざ」
 「今ぞ今ぞ いざいざ」は、大震災で世の人が苦しんでいる今こそ。
                        

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