旧制第一高等学校寮歌解説

時の流れも

大正8年第29回紀念祭寄贈歌 東大

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1、「時の流れもゆるやかに  彌生の空を流るとき
   ただよう花の一片に    平和の光()しそめつ」
  「ものみな(いのち)(あらた)めて     めぐる春の陽輝けば
  光の雨を灑れて       木々の若葉は枝に舞ふ」
*「ただよう」は昭和10年寮歌集で「ただよふ」に、昭和50年寮歌集で「たゞよふ」に変更。

2、「夕陽(せきよう)赤く燃ゆる頃     紫こむる森蔭に
  三年(みとせ)の昔しのびつゝ     思ひ出多き此の丘に」
  「今宵祝はむ紀念祭     胸の血潮の燃ゆるごと
  自治の篝火かざしつゝ    希望(のぞみ)にみちて君よ舞へ」

*歌詞の「」は昭和50年寮歌集で除去。

現譜は、この原譜と同じで変更はない。
 1段、2段、4段のメロディーは、いづれもソーソミーーレ ドーシラーーで始まり、ほぼ同じメロディーである。3段は高音で、メロディーは異質でサビ、3小節の4分音符と2部音符が他段3小節とは異なり逆転しているのも効果的である。1・2・4段の後半3・4小節が少しく異なるメロディーとなっているの、全体を飽きさせない役目を果たしている。ただし、この寮歌も寮生の感性に合わなかったのか、歌詞が単純で面白くなかったか、あまり歌われなかったようである。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
「時の流れもゆるやかに
彌生の空を流るとき
ただよう花の一片に
平和の光()しそめつ」
「ものみな(いのち)(あらた)めて
めぐる春の陽輝けば
光の雨を灑れて
木々の若葉は枝に舞ふ」
1番歌詞 弥生三月、のどかな春が来て、時はゆっくりと過ぎて行く。彌生が丘の空に、さわやかなそよ風が吹いて、桜の花びらが一片、射し始めた穏やかな春の陽射しをうけて、空に舞っている。
 春が来て、ものみな新しい命に甦った。廻り来た春の陽が輝いて、光が雨のように木々の若葉に燦々と注ぐので、若葉は枝の先にきらきらと光って揺れている。

「彌生の空を流るとき」
 「彌生」は3月と彌生が丘をかける。「空を流れる」ものは何か。抽象的な時か、具体的な雲か風か。次の句に、「ただよふ花の一片に」とあることから、そよ風と解す。

「ただよふ花の一片に」
 ひらひらと舞う桜の花びらに。「ただよう」は、昭和10年寮歌集で「ただよふ」に、昭和50年寮歌集で「たゞよふ」に変更された。

「平和の光射しそめつ」
 第一次世界大戦が終結し、大正8年1月18日からパリ講和会議が始まった。春と平和の到来を併せて詠う。穏やかな光が射し始めた。「つ」は、完了存続の助動詞。

「めぐる春の陽輝けば」
 「めぐる」は、空を廻る意か、季節が廻る意か。後者と解す。

「光の雨を灑がれて 木々の若葉は枝に舞ふ」
 春の陽射しをいっぱい受けて、木々の若葉が枝にきらきらと光って揺れている。
夕陽(せきよう)赤く燃ゆる頃 紫こむる森蔭に 三年(みとせ)の昔しのびつゝ 思ひ出多き此の丘に」
「今宵祝はむ紀念祭 胸の血潮の燃ゆるごと 自治の篝火かざしつゝ 希望(のぞみ)にみちて君よ舞へ」
2番歌詞 夕日が西の空を燃えるように赤く染める頃、夕闇迫る、思い出多い向ヶ丘の一高寄宿寮に三年の春を偲びながら、今宵は、紀念祭を祝おう。胸に燃え上る赤い血潮の炎のような真っ赤な自治の篝火をかざしながら、すなわち、四綱領に則って自治を固く守ると誓って、永遠に自治が栄えるように祈ろう。

「紫こむる森蔭に」
 夕闇迫る向ヶ丘の一高寄宿寮に。「紫」は、「青い夜霧」などと夜の色に喩えられることが多い。「森蔭」は、向ヶ丘の一高寄宿寮。

「三年の昔しのびつゝ」
 昔、向ヶ丘で過ごした3年間をしのびつつ。「三年の春」は、春を3回経験すること。すなわち三年間。

「思ひ出多き此の丘に」
 「丘」は、向ヶ丘。

「胸の血潮の燃ゆるごと、自治の篝火かざしつゝ」
 胸の血潮の赤い炎のように、真っ赤に燃える自治の篝火をかざしながら。「自治の篝火」は、胸の血潮の炎と同じようにフィクション。「篝火」は、自治の行く手を照らして導く光、すなわち四綱領(開寮時、木下校長が示した自治の四原則)のことである。

「希望にみちて君よ舞へ」
 「希望」は、自治が永遠に引き継がれて栄える希望。
                        

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