旧制第一高等学校寮歌解説

うらゝにもゆる

大正7年第28回紀念祭寮歌 西寮

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1、うららにもゆる若草の    春の光にむすぼれて
  敷寢にあかきまどろみや  靑春の夢うるほへば
  神の黙示の花觸れて    若人の唇に微笑(えまい)あり
*「もゆる」は大正7・10年寮歌集では「せゆる」だが、誤植と見て訂正。

3、群れさまよへど享樂の    野に永劫の眠りせじ
  「何處(いづく)」と問はヾさみどりの 橄欖の鞭ふりかざし
  (ほが)らに鳴らせ柏笛      「(みち)遠くして光あり」

4、燃ゆる思情(おもひ)の唐衣      哀しき旅人(たびと)友とわれ
  露こき丘に膝伏せて       若き悶へに泣きぬるゝ
  (きよ)き虔禱の影ほそみ     星兆して流れけり
*「虔禱」は昭和50年寮歌集で「いのり」とルビ。

昭和10年寮歌集で、3度キーを落としてヘ長調からニ長調に移調したが、メロディーはヘ長調の原譜となんら変わりはない。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
うららにせゆる若草の 春の光にむすぼれて 敷寢にあかきまどろみや 靑春の夢うるほへば 神の黙示の花觸れて 若人の唇に微笑(えまい)あり 1番歌詞 芽吹いて間もない柔らかな若草の上に横になって、春の陽射しを身一杯浴びていると、ついうとうとと昼寝してしまう。夢たけなわとなって、神の黙示に触れた夢を見ているのであろうか、まどろむ若人の唇に笑みがこぼれる。

「うららにせゆる若草の」
 芽吹いて間もない柔らかな若草の。「うらゝ」は、明るく柔らかいさま。「もゆる」は萌えるの意。「せゆる」は、大正14年寮歌集で「もゆる」に変更された。

「春の光にむすぼれて」
 「むすぼる」は、結ばれて解けにくくなる。ここでは、春の光を身一杯浴びて。
 「結ばれ解くるわが胸に 小さき花はひらきけり」(大正3年「春の光は」1番)

「敷寝にあかきまどろみや」
 (若草のを受けて)若草の上に横になって、ついうとうとと昼寝してしまう。「あかき」は明き、昼間の意と解した。「まどろみ」は暫くとろとろと眠ること。「あかきまどろみ」は、昼寝。「敷寝」は、若草を下に敷いて寝ること。
 「夕べ敷寝の花の床 旅人若く月細し」(明治36年「綠もぞ濃き」1番)

「青春の夢うるほへば」
 若人の夢がたけなわとなって。「うるほふ」は、湿る。豊かになる。

「神の黙示の花觸れて」
 神の黙示に触れて。「黙示」は、神が真理を人に伝えること。「花」は、黙示の美化と解す。
いくそこゞしき荊棘路(いばらぢ)を さまよひにけむ今日こゝに 運命(さだめ)を秘めてつどひこし 星降る丘の牧の園 かたみに抱く心靈(たま)と心靈 迷羊(めいやう)の胸なみだあり 2番歌詞 求める眞理は得られず、幾度、険しいいばら路をさ迷ってきたことであろうか。真理の追究という高校三年間の目的をお互い胸に秘めて、黙示の星が降る向ヶ丘の寄宿寮に集ってきた。友と我の友情は深く、魂と魂が触れあう以心伝心の間柄である。胸に秘めた友の真理追求の苦しみも、互いに我がことのように分かるので、さ迷える一高生の胸に涙がこみ上げてくる。
苦しみ
「いくそここゞしき荊棘路を」
 幾多の険しいいばら路を。「いくそ」は幾そで、どのくらい多く。

「運命を秘めてつどひこし 星降る丘の牧の園」
 真理の追究という高校三年間の目的を互いに胸に秘めて、黙示の星が降る向ヶ丘の寄宿寮に集ってきた。「運命」は、真理の追究。「星降る」の「星」は、黙示の星。「牧の園」は寄宿寮。
 「今はた丘の僧園に 晨の鐘も鳴り出でて」(大正2年「ありとも分かぬ」3番)
 「黙示聞けとて星屑は 梢こぼれて瞬きぬ」(明治36年「綠もぞ濃き」1番)
 「眞理の子自治燈護る 星空の啓く宮居ぞ」(昭和17年「駒場野に」1番)

「かたみに抱く心靈と心靈 迷羊の胸なみだあり」
 魂と魂が触れあって共鳴し、胸に秘めたものも、喜びも悲しみも全て自ずと相手に伝わって、さ迷える子羊・一高生の胸に涙がこみ上げてくるのである。
 「かたみに」は、互いに。「迷羊」は、真理追求の道にさ迷う一高生。
 「わびしき胸も白銀の 友の情のひろごれば 靈と靈との會うところ」(大正3年「春の光の」4番)
 「生命を愛づる子羊の ちひさき涙人知るや」(大正2年「ありとも分かぬ」2番)
 「一高生の魂の連帯の中に、迷える羊が流し合う涙のような共感がある。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
群れさまよへど享樂の 野に永劫の眠りせじ 「何處(いづく)」と問はヾさみどりの 橄欖の鞭ふりかざし (ほが)らに鳴らせ柏笛 「(みち)遠くして光あり」 3番歌詞 野を群れさ迷っているが、それは真理を追究してさ迷っているのであって、快楽を追い求めているわけではない。一高生は、道に外れて怠けるようなことは決してしない。一高生から「どこへ行ったらいいか」と道を聞かれたら、橄欖の鞭を振りかざして、もっと智惠をつけろと、また柏笛を高らかに吹いて勇気を出せと、迷える子羊を励まし、行くべき道を示してやってほしい。真理追求の道は、遠いけれども、行く手を照らす光りはある。

「群れさまよへど享樂の 野に永劫の眠りせじ」
 野を群れさ迷っているが、それは真理を追究してさ迷っているのであって、快楽を追い求めているわけではない。そんな道に外れるようなことは決してしない。

「『何處』と問はゞ」
 「どこへ行ったらいいか」と問えば。主語は、真理を求め、野をさ迷う一高生。
 「この寮歌全体に宗教的(キリスト教的)な表現が多用されていることから見て、この詩句は、シェンキヴィチの歴史小説で知られる『クオ・ヴァディス、ドミネ?』【主よ、どこに行かれるのですか】という使徒ペテロの言葉を下敷きにしたものではないか。」(森下達朗東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)

「さみどりの 橄欖の鞭ふりかざし 朗らに鳴らせ柏笛」
 さみどりの橄欖の鞭をふりかざし、朗らかに柏笛を鳴らしてくれ。「橄欖」は一高の文の、「柏葉」は武の象徴であり、一高生を迷える子羊と喩えることから、橄欖の鞭を振りかざして、もっと智惠をつけろと、また柏笛を高らかに吹いて勇気を出せと、迷える子羊を励まし、行くべき道を示してほしいの意となるか。

「『途遠くして光あり』」
 真理追求の道は、遠いけれども、行く手を照らす光りはある。「光」は、導きの光。寮歌では多く、北極星、自治の光、真如の月等であったりするが、作者のいう光は、宗教的な光であろうか。次の3番歌詞の「虔禱の影(光)」、「星の光」ではなかろうか。
 
燃ゆる思情(おもひ)の唐衣 哀しき旅人(たびと)友とわれ 露こき丘に膝伏せて 若き悶へに泣きぬるゝ (きよ)き虔禱の影ほそみ 星兆して流れけり 4番歌詞 熱き血潮の友情に結ばれた友と我は、求めても決して得ることが出来ない真理をなおも求めて、果てしなき旅を行く哀しい旅人である。露の盛んに降りる深更、丘の僧院・寄宿寮に跪いて祈りながら、解き得ぬ人生の意義・真理の追究に悶え苦しみ、涙を流す。道を導く祈りの燭台の火が消えそうになったので、かわって黙示の星がまたたき、行くべき道を照らした。

「燃ゆる思情の唐衣」
 「唐衣」は、外来の衣 外国風の着物、また枕詞で「着(き)」「裁つ」「裾」「紐」などにかかる。
 業平 「唐衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」

「哀しき旅人友とわれ」
 人生を旅と見る。若き三年間を真理の追究と人間修養のために向陵で旅寝する。友も我も果てしなき旅を行く哀しい旅人である。

「露こき丘に膝伏せて」
 「露こき」は、露が盛んなで、深更をいうか。あるいは露は涙で、友情の厚いことをいうか。深更と解す。「丘」は、向ヶ丘。「星降る丘の牧の園」(2番)の僧院のようである。「膝伏せて」は、跪いて。神に祈りをささげる意か。

「若き悶えに泣きぬるゝ」
 解き得ぬ人生の意義・真理の追究に悶え苦しみ、涙を流す。「若き悶え」は、所謂春愁でなく、真理追求の悩み・苦しみをいうと解す。

「聖き虔禱の影ほそみ 星兆して流れけり」
 道を導く祈りの燭台の灯影が消えそうになったので、かわって黙示の星がまたたいて、行くべき道を照らした。「聖き虔禱の影」は、祈りの燭台の灯。「ほそみ」は「細み」。「み」は接続助詞。形容詞語幹について、原因・理由を表す。細くなったので。消えそうになったので。寄宿寮の消灯時間をいうか。消灯となれば、後は、星の明かりがたよりとなる。ちなみに、この頃の消灯時間は、午後11時である。「兆す」は前触れ、きざし現れる。ここでは真理を黙示するの意。黙示の星がまたたきと訳した。「流れる」は、星の光が降ること。照らした。「聖き敬虔の影」、「星」は、3番歌詞の「途遠くして光あり」の光、すなわち、道を照らし導く光である。
 「夜六寮に灯は消えて 星影青くまたゝけば」(明治44年「光まばゆき」3番)
あゝ三年こそ人の世の こよなき祝福ぞ逝く水の 流れ藻の香に追憶(おもひ)づる 憧憬(あこがれ)の日を知るや君 生命の窓の白壁に 鐫りを古りにし名は誰ぞや 5番歌詞 向ヶ丘の三年は、この上なく幸多きものである。流れる水の思い出でさえ藻の香となって残るという。まして我等が向ヶ丘で過ごした思い出は、どれほど憬れつきぬ日々であったか君は知っているだろうか。寄宿寮の窓の白壁に、寮生の名が古い彫り跡として残っている。一体、名前を彫って残したのは、どんな寮生だったのだろうか。藻の香が水の流れの思い出を残しているように、名前を彫った寮生の寮生活が偲ばれる。

「憧憬の日を知るや君」
 「憧憬」は、理想として思いを寄せること。
 「若き日の われらあこがれ あゝ向陵に つどひ學びき」(昭和35年「一高卒業四十年記念歌・日日なべて」1番)
 「ああわれら憬れつきぬ向陵に つどひて三年紅の頰かがやかし」(昭和38年「卒業40年記念歌・ああわれら」1番)

「生命の窓の白壁に」
 自治寮の窓の白壁に。「生命」は、自治寮。
 「各寮皆木造にして塗るに白堊なり。」(「向陵誌」明治24年)
 「この『白壁』は寮室の壁、『鐫りて古りにし名』はその壁に落書きされた寮生の名前であろう」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)
 「丘の朧ろの白壁に 身をうち寄するなげきにも」(大正2年「春の思いの」3番)
 「丘の古城の白壁に 夕陽も淡く映え出でて」(大正7年「朧月夜に仄白く」4番)
 「汝の黒く年經たる 壁に無限の黙示あり」(昭和10年「大海原の」3番) 

「鐫りを古りにし名は誰ぞや」
 彫り跡の古くなった名前は、誰の名前であろうか。どんな寮生がその名を彫ったのであろうか。「鐫る」は彫る。「鐫りを」は、昭和10年寮歌集で「鐫りて」に変更された。藻の香が水の流れの思い出を残しているように、名前を彫った寮生の寮生活が偲ばれる。
 「蒼く鏽びたる花甕に 鐫りにしことば灼きて」(大正2年「夢ゆたかなる」2番)
六つの城邊に(こぼ)れけむ 希望(のぞみ)の種子や萠えいでし 青史は榮えぬ二十八 燃えてほぐるゝ銀燭に (あか)()の君(つき)擧げて さらば歌はん花筵(はなむしろ) 6番歌詞 明治23年2月24日、木下校長より自治制の許可が出て、同3月1日、東西二寮が自治寮として開寮された。ここに自治の寄宿寮が誕生し、一高自治寮の歴史は、今年堂々の28年を重ねた。今宵は、寄宿寮の誕生を祝う記念の日である。燭台の炎は、からみつき、またほぐれながら赤々と燃え上っている。ただでさえ頬紅の一高生の頰は、燭台の炎に、いっそう赤く映えている。花の宴に杯を高く掲げて、大いに寮歌を歌って別れよう。

「六つの城邊に零れけむ 希望の種子や萠えいでし」
 「六つの城」は、一高寄宿寮の六棟(東・西・南・北・中・朶寮)。「城」は、自治の反対勢力から寄宿寮を守る城という意味。
 「零れけむ希望の種子や萠えいでし」の「希望の種子」は、自治の種。明治23年2月24日、木下校長より自治制の許可が出て、同3月1日、東西二寮が自治寮として開寮されたこと。他の四寮は、その後に増設された。

「青史は榮えぬ二十八」
 一高自治寮の歴史は堂々の28年となった。「青史」は歴史、昔、紙のない時代、青竹をあぶってその上に書いたので、歴史や記録を青史という。

「燃えてほぐるゝ銀燭に」
 燭台の灯は、からみつき、またほぐれながら赤々と燃え上っている。「ほぐる」はからみつき、もつれたものが解けて離れるさま。「銀燭」は、光り輝く燭台。

「紅き頰の君」
 頬紅の君の顔は、さらに銀燭の炎に照らされて赤く映えている。
 「花くれなゐの顔も いま別れてはいつか見む」(明治44年「光まばゆき」4番)

「さらば歌はん花筵」
 紀念祭で寮歌を歌って別れよう。「花筵」は、花の宴。紀念祭。「さらば」は、卒業すれば、友と、寮と別れなければならない。
                        

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