旧制第一高等学校寮歌解説

かほりのみたま

大正2年第23回紀念祭寮歌 樂友會

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1、かほりのみたま      おふよしもなき
  あめのぬ琴の       糸たちきれぬ
   たけきを誇る        ますらをも
  若草しきて         泣く夜かな
            いざさらば
      あゝいつの日に
         やすけき歌ぞ
          人の子さびし
      わかれて舞ふがならひなれば

2、もろきさだめに
        花かきわけて
  たどると見れど        夢草枕
  行くべき道を         もとめては
  またもさすらふ        夕まぐれ
            うつろなり
       はかなき胸は
          心の宿よ
               いづくなるらむ
       ひとりひとりの旅のわがよ

*「かほり」は、昭和10年寮歌集で「かをり」に変更された。
*「わがよ」は大正14年以降の寮歌集では、「わかよ」。
現譜は、この原譜とまったく同じである。細かくいえば、昭和10年寮歌集で「きれーぬ」、「くさしーきて」、「さびーし」、「なーらい」の4箇所にスラーが付されたことと、昭和50年寮歌集で、曲頭の「緩やかに」の文字が削除された(これは印刷ミスであろう。平成16年寮歌集でも削除されたまま)。「不完全小節で始まり不完全小節で終わるアウフタクトの曲である。


語句の説明・解釈

昭和10年寮歌集で、作詞・作曲者が樂友會から個人名に訂正されたが、この寮歌は「樂友會作歌作曲」の寮歌である。
 「本寮歌の主旨は第一節では明治天皇崩御による深い悲しみであり、第二節では人生の真理・真実(「行くべき道」)の探究にもかかわらず、精神の拠り所(「心の宿」)に到達できずに空虚感に悩まされる心の遍歴(「さすらひ」)を詠んでいることは明らかで、その抒情の卓抜さには目を見張らされるが、古典的雅語の自在な駆使が却ってわざわいして、句意の不明確な箇所がいくつかあり、明快な解釈は容易ではない。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 

語句 箇所 説明・解釈
かほりのみたま おふよしもなき あめのぬ琴の 糸たちきれぬ  たけきを誇る ますらをも 若草しきて 泣く夜かな
いざさらば あゝいつの日に やすけき歌ぞ 人の子さびし
わかれて舞ふがならひなれば
1番歌詞 明治天皇が崩御され、諒闇中のために今年の紀念祭は、華美な飾りつけや賑やかな余興は一切禁止せざるを得なかった。尚武の心を持った勇ましい一高生も、何の飾付も晩餐会もなく若草の上で友と別れなければならない淋しい紀念祭に涙するのであった。では別れよう、何時の日にか再会し、気楽に寮歌を歌うこともあろう。淋しいことではあるが、三年が過ぎれば友と離ればなれになるのが運命であるのだから。

「かほりのみたま おふよしもなき」
 大正2年3月1日の第23回紀念祭は、諒闇中のため一切の装飾・余興をやめ、先輩以外の人は入れず、朶寮の6室を使って乃木大将遺品展覧会を催した。このことを踏まえる。
 「みたま」は、琴の飾りの「珠」に、明治天皇の「御霊」をかける。「かほり」は昭和10年寮歌集で「かをり」に変更された。よい匂い、目で感じる美しさにいう。「かほりのみたま」は、紀念祭の綺麗な飾付や余興を暗喩する。

「あめのぬ琴の 糸たちきれぬ」
 ぬ琴の糸が切れて飾りの珠が飛び散ってしまった。「ぬ琴」は瓊琴で、美しい玉で飾った琴。「糸たちきれぬ」は、明治天皇崩御をいう。

「たけきを誇る ますらをも」
 尚武の心を持った勇ましい男子。一高生。

「若草しきて」
 諒闇中のため、「筵」(飾付・晩餐会・余興)も敷くことのない、質素な淋しい紀念祭を踏まえた表現と解す。
 
「人の子さびし わかれて舞ふがならひなれば」
 一高卒業後は、全国の帝國大學に進学し、寮友と離ればなれになる運命にあるのは、淋しいことだ。
もろきさだめに 花かきわけて たどると見れど 夢草枕 行くべき道を もとめては またもさすらふ 夕まぐれ
うつろなり はかなき胸は 心の宿よ いづくなるらむ
ひとりひとりの旅のわがよ
2番歌詞 一高生の運命(さだめ)として真理を追究して、いくら学問を積み人間修養に励んでも、求める真理は決して得ることは出来ない。真理追求の旅は、果てしなく続く。今日もまた、薄闇の中、真理を求めては、あてもなくさ迷う。満たされることのない胸はむなしく、真理を得て、心の落ち着く先は、一体どこにあるのであろうか。真理追究の旅は、かくも厳しくもさびしい孤独の旅であるか。

「もろきさだめ」
 真理追求のはてしない旅。努力しても真理は決して得ることは出来ない一高生のはかない運命である。

「花かきわけて」
 真理を得るために、学問に励み人間修養に努めて。
 「藝文の花咲きみだれ 思想の潮湧きめぐる」(明治43年「藝文の花」1番)

「夢草枕」
 はかない旅寝の宿。人生の旅の途中、真理追求と人間修養のために若き三年を向ヶ丘に旅寝して過ごす。真理を得ることはむなしく、また真理を求め、本郷追分を友と別れ旅立つ。

「行くべき道を もとめては またもさすらふ 夕まぐれ」
 真理の追究、人生の意義を求めて、行き悩み闇を彷徨うのである。まだまだ、真理追求の旅は続く。「夕まぐれ」は、闇の中、光り(真理)を求める情景を描写する。

「ひとりひとりの旅のわがよ」
 真理追究の旅は、厳しくもさびしい孤独の旅であるの意。既述のとおり、「わかよ」は関東大震災後の大正13年復刊寮歌集の誤植。「わがよ」が正しい。現在まで訂正されていないため、長い間、この句の意味が不明とされ、また、さまざまな解釈がなされてきた。
 一高同窓会「一高寮歌解説書」は、「『旅のわかよ』は『旅のわがよ』の誤植であろうか。そうだとすれば、『わが人生は、ひとりひとりになって旅をするようなものだ』くらいの意になろうが、不確でよくわからない」とする。
 「『旅のわかよ』は『旅の行方よ』の誤植ではないか(『行方』を草書体で書けば『わか』に酷似する)。そうであれば『いづくなるらむ』 → 『旅の行方』となり、意味が明確になる。」(森下達朗東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)
                        


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