旧制第一高等学校寮歌解説
夢ゆたかなる |
大正2年第23回紀念祭寮歌 中寮
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1、夢ゆたかなる自治のその かほる彌生のそよ風に よろこびしるす譜のしらべ *「かほる」は、昭和10年寮歌集以降「かをる」に訂正。 2、蒼く鏽びたる花甕に かたき盟のうま酒の |
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原譜ハーモニカ譜の調は、「は調」とあるのみで、長短の区分は不記載である。最後主音(ラ)で終わってはないが、曲調は短調なので(属音ソに♯、)ハ短調の五線譜としたが、ハーモニカ譜「は調」はイ短調という意味かもしれない。昭和10年寮歌集では、五線譜表示となり、イ短調の譜となっている。調号の問題以外、譜の変更は全くない。 |
語句の説明・解釈
明治天皇崩御の諒闇の歌。諒闇については、同年東寮々歌「さゝら流れの」参照。 |
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
夢ゆたかなる自治のその かほる彌生のそよ風に |
1番歌詞 | 春三月、夢豊かな向ヶ丘の自治寮に、暖かいそよ風が吹き、橄欖の灯影がゆらゆらと揺れる。橄欖が緑の色を変えないように、寄宿寮も幾久しく繁栄していく喜びを橄欖の若葉が風に囁いて、葉音を奏でている。 「かをる彌生のそよ風に」 彌生は、彌生が岡(一高キャンパス)、三月(本来は陰暦だが、ここでは陽暦)をかける。 「灯かげたゆたひ橄欖は」 「たゆたひ」は、ゆらゆらと動く。橄欖は一高の文の象徴。 「若ばさゝやき常春のよろこびしるす譜のしらべ」 橄欖が緑の色を変えないように、寄宿寮も幾久しく繁栄していく喜びを橄欖の若葉が風に囁いている。「常春」は、橄欖の葉が年中緑で、色が変わらないことから、寄宿寮の幾久しい繁栄をいう。 「梢をわたる譜のしらべ。」(明治45年「筑紫の富士に」2番) |
蒼く鏽びたる花甕に |
2番歌詞 | 緑青のふいた綺麗な飾りのついた甕に彫りつけた言葉は輝いている。すなわち、寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目(四綱領)は、自治の歴史の中で燦然と輝いている。一高生は、この四綱領に則り一高寄宿寮の自治を守っていくと固く誓った。自治の誕生を祝って美酒を味わいながら歌う一高生の寮歌の声は、諒闇で静まり返った世の中に、いい音を響かせるだろう。 「蒼く鏽びたる花甕」 鏽はさび。金属のさびをいう。蒼くというから花甕は銅器であろう。花は花立てではなく、美称、綺麗な、飾りのある酒器。 「 花甕に彫りつけた言葉。寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目、四綱領のことであろう。これを守ってきた自治の伝統も当然に含む。 「向陵の伝統と、代々の先輩たちの立言とに、新しい文学的表現を与えたもの」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」) 「 「 「寂寞やぶり韵くらむ」 諒闇で静まり返った静寂を破って、いい音を響かせよう。「韵」は韻。雑音ではなく、調子の整ったという意と解す。 |
ふかき愁の雲迷ふ あつき |
3番歌詞 | 明治天皇の崩御は、この上なく痛ましく、国民は悲しみの余り魂を失って雲に迷っているようだ。心を込めた熱心な祈りもむなしく、あゝ、なんという痛ましいご大喪の笙の笛の音であろうか。二度とお帰りにならない霊柩車に、悲しみの涙は、かわくことなくとめどもなく流れる。 「ふかき愁の雲迷ふ」 「雲迷ふ」は、別れがこの上なく悲しく痛ましく、魂は空を迷っている。 芭蕉・奥の細道 「行ものゝ悲しみ、残るものゝうらみ、隻鴨のわかれて雲にまよふがごとし。」(蘇武と李陵とが匈奴に捕らえられていたのに、蘇武だけが漢に召喚されることになり、「 「空銷魂の雲迷ふ」(大正2年「春の思ひの」1番) 「雲心なく行く春や」(大正2年「さゝら流れ」1番)。 「かへりたまはぬ龍輴に」 「 「 悲しみの涙は、かわくことなくとめどもなく流れる。「ひ」は「干」でかわく意。 |
逝きし月日をかへりみて さかへの跡を |
4番歌詞 | 過ぎ去った明治の時代を振返って、 「ふるき 藩閥政治打倒、政党政治を目指した憲政擁護運動(第一次)をいうと解する。 大正1年12月 2日 上原陸相の2個師団増設案が閣議で否決されたことから、 西園寺内閣は総辞職、松方正義・山本権兵衛・平田東助 が後継首班を辞退、憲政の危機を招いていた。 大正1年12月19日 東京で憲政擁護第1回大会開催。 2年 1月17日 全国記者大会、憲政擁護閥族掃蕩宣言。 21日 桂首相、議会に15日間停会命令。 2月10日 再開の議会を護憲派の民衆取り巻き、桂首相、内閣総辞 職を決意、議会に3日間停会命令。民衆、政府系新聞社・ 交番を攻撃、大阪・神戸・広島・京都にも波及。 「吾等は旧套を打破して新時代の魁となる使命を帯びているとの自覚を強調的に歌い」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 「魁よばんあらた代の」 あらた代は、大正の代。「魁」は、衆に先立って的中に攻め入ること。物事のはじめとなること。「よぶ」は、自分に対する注意を求めて大声を立てる。一高生は、国民の先頭に立って新しい大正時代を開く魁となるのだ。 「のぞみの光あふるかな」 前述の第一次憲政運動をいうと解する。 |
5番歌詞 | (6番歌詞で、「勇魚擾るゝわたつみに」とあるように、捕鯨船で鯨に銛を打つ古式捕鯨の技を踏まえた表現となっている。) 先の尖った鋭い銛の紐を把って、はるか彼方の海を眺めながら、やがて腕を上げて銛を投げつけて、鯨を獲らなければならない崇い使命を思うとき、まだまだ腕の未熟な銛の使い手の若者は、将来に夢を馳せるのである。 「精しき銛の緒をとりて」 先の尖った鋭い銛の紐を把って。「銛」は投げつけて魚をとる道具。 「やがてもあげむをの績」 やがて銛で鯨を突き刺して獲る腕を上げること。「をの績」は、銛の 「たかき使命」 鯨を捕まえること。具体的には理想の自治。あるいは世間に出て大業をなすこと。 「我がのる船は常へに 理想の自治に進むなり」(明治35年「嗚呼玉杯に」4番) 「稚きをのこ」 腕が未熟で修業が必要な銛の使い手。勉学中の一高生をいう。 |
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八百しほくるひ高なりて 勇魚 |
6番歌詞 | 怒濤逆巻き、鯨が潮吹き乱れる大海に、輝かしい航跡を描きながら進む我が自治の大船。夜はほのかに明け、凪は終わって陸風が吹き始めた。風を一杯受け全開した帆は、黄金色の朝日に映えて色美しい。準備万端整い、いよいよ自治の大船の船出である。 「勇魚擾るゝわたつみに」 鯨が潮吹き乱れる大海に。勇魚はクジラの古称。擾は騒擾の擾で、乱れる。にごるの意。 「我が兄はまた舟に乗り 勇魚とるべく行く見れば」(明治43年「藝文の花」4番) 「綾かきすゝむおほふね」 輝かしい航跡(歴史)を描きながら進む大船。自治の大船。捕鯨船に喩えるか。 「 夜はほのかに明け、船出の準備は終わった。あとは風と潮の流れを待つだけであるが、次の句で「真帆」とあるから、風も潮の流れも整ったと解す。 「船をこぎだす用意もできて、あけぼのの空の下にいる。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 額田王 「熟田津に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」 「こがねににほふ眞帆のがけ」 全開した帆一杯に風を受け、朝日に映えて美しく輝いている帆の姿。「こがね」は、昇る朝日の光。「眞帆」は、全開した帆一杯に風を受けること。「にほふ」は赤く色が映える、色美しく映える。ニは丹、ホは秀の意である。「のがけ」(野懸け?)は大正14年寮歌集で「のかげ」に変更された。誤植の訂正であろう。 「尚武の風を帆にはらみ 船出せしより十二年」(明治35年「嗚呼玉杯」3番) |