旧制第一高等学校寮歌解説

さ綠庭に

大正15年第36回紀念祭寮歌 

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1、さ綠庭に萠え初めて たまゆらの夢まどかなる
  丘の古城の曙に    祭の鐘は鳴り出でぬ
*「萠え」は昭和50年寮歌集で「萌え」に訂正。

2、瞳は澄める若人が  眞理(まこと)の道の大宮と
  傳統(つたへ)尊きこの城ゆ   登りし矜恃(ほこり)忘れめや
*「城ゆ」は昭和50年寮歌集で「城に」に変更。

3、城の誓を身にしめば 孤獨(ひとり)なる身を歎かじな
  道遠けれどその際涯(はて)に 浄火は淡く瞬くを

4、流離の運命(さだめ)身に負ひて曠野に迷ふ旅人よ
  オリブの森に自治燈は 行方はろけく照らせるを
の原譜に変更はなく、現譜と同じである。
1段のメロディーをAメロとすれば、メロディー構成は、A-B-C-A、しかも各段(小楽節)の後半2小節(モチーフ)は、ほぼ同じで単純。出だしとエンデイングのメロディーは、最後が上がるか、下がるかだけの違いで、ほぼ同じメロディーである。歌詞は最も簡単な形式である「七・五」調四行詩で、難解な語句なく一高寮歌としては平易、これに対応して曲も16小節の2部形式でシンプルな譜となった。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
さ綠庭に萠え初めて たまゆらの夢まどかなる 丘の古城の曙に 祭の鐘は鳴り出でぬ 1番歌詞 寮庭に若草が芽を出しはじめたので、しばらくの間、この綠の景色を楽しめそうだ。向ヶ丘の自治の古城の朝、紀念祭を告げる鐘が鳴り出した。

「さ綠庭に萠え初めて」
 「さ綠」は、若草や若葉の綠色。「庭」は、寮庭。寄宿寮は校内にあるので、校庭としても同じこと。

「たまゆらの夢まどかなる」
 しばらくの間、この綠の景色を楽しめそうだ。「たまゆらの」は、ほんの少しの間。「まどかなる」は、穏やかである。満ち足りている。
 「『たまゆらの夢』は、ほんの少しの間の夢、まどろみ。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「丘の古城の曙に」 
 「丘」は、向ヶ丘。「古城」は寄宿寮。俗塵の侵入を防ぐ意から城と表現。

「祭の鐘は鳴り出でぬ」
 「祭の鐘」は、紀念祭を告げる鐘。本郷一高の本館には鐘があったと聞くが、紀念祭の朝、実際に鐘を鳴らしたかどうかは分からない。
瞳は澄める若人が 眞理(まこと)の道の大宮と 傳統(つたへ)尊きこの城ゆ 登りし矜恃(ほこり)忘れめや 2番歌詞 瞳の澄んだ若者が真理追究のための最高学府である第一高等学校に学び、伝えの自治の寄宿寮に入寮した誇りは、決して忘れないでほしい。

「瞳は澄める若人が眞理の道の大宮と」
 「瞳は澄める若人」は、瞳の澄んだ一高生。「眞理の道」は、真理追究の道。高校生は三年の間、真理の追究と人間修養に励む。 「大宮」は、最高学府の意。本家本元。

「傳統尊きこの城ゆ 登りし矜恃忘れめや」
 「傳統」は、伝えの自治。「城ゆ」は、城よりであるが、昭和50年寮歌集で「城に」に変更された。「城」は、自治の城。寄宿寮のことである。
城の誓を身にしめば 孤獨(ひとり)なる身を歎かじな 道遠けれどその際涯(はて)に 浄火は淡く瞬くを 3番歌詞 寄宿寮で誓った自治の精神をしっかりと身につけていれば、孤独で淋しい真理追究の旅も嘆くことはない。道は遠いけれども、その果てには神聖な自治の光が淡く瞬いて行く手を示してくれる。

「城の誓を身にしめば」
 「城の誓」は、四綱領に則り、自治を守ると誓った誓い。勤倹尚武や自治共同の自治の精神。一高精神。

「孤獨なる身を歎かじな」
 「孤獨なる身」は、真理追究の淋しく辛い旅の身。
 「こめて三年をたゆみなく 淋しく強く生きよとて」(大正2年「ありとも分かぬ」3番)

「道遠けれどその際涯に」
 「道」は、真理追究の道。

「浄火は淡く瞬くを」
 「浄火」は、神聖な火。自治の光をいう。4番歌詞に「オリブの森に自治塔は 行方はろけく照らせるを」とあるように行く手を示してくれる。
流離の運命(さだめ)身に負ひて 曠野に迷ふ旅人よ オリブの森に自治燈は 行方はろけく照らせるを 4番歌詞 真理を求めて流浪する運命を背負って、曠野をさ迷う旅人一高生よ。橄欖の森に、自治燈がはるか遠く真理の行方を照らしている。

「流離の運命身に負ひて」
 「流離」は、故郷を離れて、他郷をさすらうこと。流浪。

「曠野に迷ふ旅人よ」
 「曠野」は、真理追究の観念的なフィールド。「旅人」は、真理を追究する一高生。
 
「オリブの森に自治燈は 行方はろけく照らせるを」
 「オリブの森」は、向ヶ丘。「オリブ」は橄欖、一高の文の象徴である。「自治燈」は、自治の教え。仏の教えを法燈というになぞらえる。自治寮の自治の精神を指針とすれば、真理追究の道筋が見えると言っている。
今宵北斗を捧げつゝ 三十六の榮うけて 銀觴春を宿しては 宴の宵を舞はむかな 5番歌詞 今宵北斗の星を仰ぎつつ、栄えある開寮三十六周年の紀念祭の祝宴を催す。めぐる盃に桜の花の影が映っている。宴の宵を大いに楽しもう。

「今宵北斗を捧げつゝ 三十六の榮うけて」
 「北斗」は北極星。日周運動によりほとんど位置を変えないので、方位および緯度の指針となる。寮歌では正義・真理・理想などを表す。「三十六の榮」は、寄宿寮誕生三十六周年のこと。

「銀觴春を宿しては 宴の宵を舞はむかな」
 「春」は、春景色。特に桜の花。「銀觴」は銀の觴、ここでは杯の美称。「宴の宵」は、紀念祭の祝宴。記念式典は昼間であるが、祝宴は、夕方から開かれる。「舞う」は、剣舞を舞うこともあるが、酒杯を交わし、寮歌を歌い、友と大いに語り合うことである。
                        

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