第一回:世界のひみつ(「忘却の船に流れは光」 田中啓文著 )

本日のお題:「忘却の船に流は光」
著者:田中 啓文
版元:早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション(2003年)

【あらすじ】
かって世界は悪魔の襲来によって滅んだと言う。主(すさおの)は生き残ったもののために5つの階層からなる閉鎖都市を創造し、肉体的な特長をもつ5つの位階を定めたという。それから幾星霜、殿堂に使える聖職者のブルーは悪魔崇拝者の集会を摘発に参加し、修学者のヘーゲルにあ出会う。それをきっかけに、殿堂に疑問を持ちはじめたブルーは、狂乱劇の果てに世界=閉鎖都市の真実に迫ってゆく・・・・・



上様(以下:上) 「豊後守、今日のお題は田中啓文じゃ。」

豊後守(以下:豊)「はぁ、また駄洒落でございますか。」

上:「「もはや駄洒落の余地もない」とかいてあるぞ。この「忘却の船に流は光」には」

豊:「左様でございますか。でもグロイ描写は健在でございますなぁ」

上:「そうじゃ。それが田中啓文の醍醐味じゃからな。どろどろのぐちゃぐちゃ。いつも思うのだがきっと作者は書くときに楽しんでいるに違いないと思うぞ余は。また、キリスト教的なモチーフ、悪魔を使っているところは前に読んだ同じ作者の「ベルゼブブ」と同じじゃな。」

豊:「拙者も左様に存じます。ただ恐れながら拙者は「ベルゼブブ」よりもハインラインの「宇宙の孤児」のほうが近いかと」

上:「クラークの「都市と星」ではないのか」

豊:「拙者、クラークの「都市と星」を未読ゆえなんともいえませぬが、舞台が閉鎖された船であること、異形のフリークスが登場する点、なによりも主人公が世界のひみつを解いてゆく点、そして船そのものの目的が忘れ去られて社会が退行して言っている点などこの作品と「宇宙の孤児」との共通点を感じます。」

上:「確かにそういわれるとパクリと思うほど似ておるなぁ。田中啓文特有のどろどろぐちゃぐちゃを取り除くとそうなるのぉ。しかし、それは敢えてやったのではないのか。」

豊:「と申されますと。」

上:「つまりこの作品は筋を追うのではなく、どろどろぐちゃぐちゃを楽しむのが正しい読み方なのじゃ。」

豊:「話の筋を追うミステリーのような読み方は邪道だとおっしゃられるのでしょうか。」

上:「いや、最後の船は船でも宇宙船ではないというところや、ブルーとヘーゲルの関係、主(すさおの)の正体など最後までぐいぐいと読ませる仕掛けはあるぞ。そこはそこですごくうまいのじゃが、勘がよければ半分ぐらいでうすうす気づく。むしろ、ディテールが楽しいのだ。
ブルーに対する同僚の折檻や、悪魔崇拝者狩りの容赦のない描写が余は大好きじゃ。」

豊:「確かに田中啓文の小説はいささか描写過剰というようなところがありますからのう。そういえばこの作品のもう一つの特徴は世界観はキリスト教をネタ、ダンテの神曲をベースにしながらも、キャラクターは仏教や日本神話ネタをつかっていますなぁ。九州弁を喋る大蟻象司教なんかはがいましたのう。」

上:「そうじゃ。グロイ描写もさることながらキリスト教、仏教、日本神話などがちゃんぽんになった世界観、それが生み出す奇妙な世界がこの作品の魅力といえよう。異世界の体験はSFの醍醐味じゃからな。そういった点の実力では田中啓文は日本でも屈指であるな。で、余が知っているSFでもう一つ、同じようなものがあるのをそちは知っておるか?」

豊:「さぁ、検討も付きませぬ。」

上:「「家畜人ヤプー」じゃ。あれも描写過剰なグロイ描写とほとんど駄洒落なこじつけがベースになった設定、田中啓文の小説の原型みたいなものだ。世の評論で「ヤプー」と田中啓文の作品の関係に付いて触れたものを見たことがないのはとでも不思議じゃ。」

豊:「はぁ、「ヤプー」でございますか。上様、あまりグロイものばかり読んでいますと会津候よお小言が参りますぞ。」

上:「よいではないか。余はどろどろのぐちちゃぐちゃ、グロイものが好きなのだ。高木豊後守、無礼であるぞ!!控えおろう!!」

豊:「へへっぇ〜〜〜」


【まとめ:ネタバレ有り】
今回取り上げた「忘却の船に流は光」ですが、上でも述べていますがハインラインの「宇宙の孤児」との共通点が多く見られます。しかし、「宇宙の孤児」舞台が目的が忘れ去られた世代型の恒星間宇宙船であるのに対して、この作品の舞台は事故で制御を失った巨大タイムマシーンというのが大きな違いです。しかも、読者に当初は恒星間宇宙船と思わせるような仕掛けがあるのがこの作品の手の込んだところです。また、謎解きのキーマン:ヘーゲルと主人公のブルーが同一人物で、すべて主(スサオノ)=須佐博士の脳を交換するために仕組まれていたことなど最後に驚きの展開が待っています。正統派のSFミステリーとしても楽しめる作品です。

でも、私はあえて言いたい。
田中啓文の作品すべてにいえるのですが、描写過剰といえるグロイ描写を楽しむのがこの作品の正しい楽しみ方です。

人によって好みが分かれるところですが、興味をもたれたらぜひ手にとって読んで見てください。


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