黄昏の森                                                    津田山 昭次

夕日に照らされる森は美しいといつも思う。

 ここは太古の自然が残された最後の保護区。植物が発散する酸素と水蒸気、葉緑素のにおいが充満した自然の森。ここにあるに羊歯や、蘇鉄、花のにおいを我々は文明とともに失っていた。そうここは最後の砦、文字通り我々に残された最期の世界なのだ。

 昨日、最終戦争が起きた。危ういバランスの上にあった我々の世界は最終兵器の応酬で、汚染物質と放射能の中にこの星の大半と文明のすべてを沈めあっけなく数時間で滅んだ。そして、その事態を見越した我々の同志たちのみが辺境のこの自然保護区に逃げ込み生き延びた。

 一万年におよび我々が営々とこの星の資源を削り築き上げた文明が滅んだのは悲しいことだが、またここからはじめればいい。ここには資源になる自然も、食料となる生物もいる。知性ある我々であれば

再び文明の灯をともすことができる。そう、必ず。

 

彼は、空腹だった。

美しい太古からの景観を保つこの森でも、有毒物質による汚染、酸性雨、異常気象の影響からは免れなかった。そのため彼の食事となるべき大型動物の数は激減し、種類も数百年前から減りつづけていた。

知性のない彼にはそのような事情を理解することはできなかった。ただ、彼の意識を満たすものは空腹のみであり、彼の知覚は餌となるべき餌となるべき生物を探し当てることのみに使われていた。

そして獲物はそこにいた。

 

森は美しいばかりではなかった。森は危険だ。

文明社会に生き、情報でしか森を知らなかった我々は手痛いしっぺ返しを受けた。この森には危険な生物もいたのだ。文明の再建を誓った同志はもういない。あの野獣にみな殺されてしまった。生き残り、逃げおおせたのは私を含めてごくわずか。文明の再建どころか非力な我々はあの野獣の餌として危険な森の中を逃げ続けなければならない。知性は大きな野生の前にはあまりにも無力だった。

 

彼、最期のティラノサウルスの一頭は今日の狩りを終え、咆哮した。

獲物は頭の大きい尾のない二本足の恐竜の群れだった。成果は満足のゆくものではないが、空腹を満たすことはできた。

 

 彼は知らない。彼が今、この星の知的生物、恐竜人類の最期の生き残りに致命的なダメージを与えたことも。そして、彼の住むこの最期の森もやがて最終戦争が生んだ放射能と汚染物質によって滅びることも。

森を照らす夕日は、白亜紀の黄昏。恐竜の時代のへの鎮魂歌。

 

1.トップに戻る

2.インデックスに戻る

3.前に戻る

4.次に進む