青と蒼と藍

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VS士郎(シロウ)

第8話

 今夜は満月なのだろうか。

 窓から差し込む月のひかりは、いつもよりも明るくやわらかに部屋のなかを包み込んでいる。本来なら暗闇に沈むはずの部屋をやさしく抱きしめる月のひかり。部屋の電灯をすべて消したことも、この月明かりを鮮明に色立たせる引き立て役になりさがってしまっている。
 普段ならそれでもいいのかもしれないが、いや、この場合、なにをもってして『普段』と定義するのかひどく曖昧だけれど、それでも、今日だけは天空に浮かぶ月におとなしくしておいてほしかった。

 人の願いなんかまるで聞き入れず、小憎らしいぐらいにそっけなく天空に浮かぶ月。その横顔はひどく無感情で、私の願いなんて歯牙にもかけていない。
 ああ……もしかしたら――
 彼女は私の願いを拒んだのではなく、別の人物の願いを聞き入れただけなのかもしれない。相反する願いを同時に受けたら、孤独な月はどちらの願いをかなえるのだろう。やはり、より強く想っている方の願いを聞き入れるのだろうか。
 だとすると、私は少し自信がない。もう一人の人物は、多分、いや間違いなく、私よりもより強く、私とは逆の願いを想っていたのだろうから。

 正直、私自身、まあそれでもいいかな、と、ほんの少しだけ思っていたりするわけで、じゃあこの月明かりに包まれた部屋も、結果として当然なのかもしれない。



 私はゆっくりと瞳を開けた。闇という言葉を使うのが申し訳ないぐらい微かな薄闇と、手で触れられそうなぐらい柔らかな月のひかり。瞳はあっさりとその世界に慣れた。
 慣れれば、目の前に見えるものがある。それがなんであるか、私の脳はとっさに判断を下した。この薄闇の世界でいつも私が見ているもの。呆れるぐらいになんども見ているものなのだから、確認せずに判断を下してもしかたがないところ。

 そのはずなのに、今日に限ってはいつもと違った。徐々に姿をあらわにするソレは、普段とはまるで色の違う髪と、普段とはまるで違う表情、普段とはまるで違う声をしていた。


 両手ですくい取りたくなる美しい黒髪。月のひかりを浴びてキラキラと輝き、真っ白なシーツの海に星空のように散らばっている。
 真上から見下ろしながら、私は表現しがたい感情に取りつかれた。言葉にはあらわせない、自分でもはっきりと理解しがたい感情。それがなんなのかわからないまま、またその人を見下ろす。

 その人――
 私の体の下にいる彼女は、どこか苦痛に耐えるような表情をしていた。綺麗にととのった眉がくの字に折れ曲がり、口元は息をすることすら耐えるように真一文字に結んでいる。しかし、それでもこらえきれないのか『ハァ……ハァ……』と、かすかな吐息が静かに漏れ出ていた。
 そんな彼女の表情は、私の胸の奥をざわめかせる。動悸の命ずるままに、なにかに背中を押されるように、そっと、体を倒した。

「凛……」

 私の声は、自分でも驚くほどに熱かった。

「はぁ、んっ……セイバー……」

 凛の声もまた、私と同じ、いやそれ以上に熱を帯びていた。












 意識が覚醒する。
 閉じられたまぶたの向こうがやけに明るく感じられる。どうやら朝を迎えたようだ。
 頬になにか暖かなものが触れている。シーツとは明らかに違う暖かさ、肌触り。私の心を安心感で包んでくれる。
 もう眠気はないけれど、後少し、こうやって眠っていたくて、その暖かさにすがるように体を押しつけた。そのまま手で抱きしめ、柔らかいふくらみの感触を感じながら、私はまどろみの中に沈んでいこうとして……

 柔らかい……ふくらみ…………?

「え……?」

 慌てて目を覚ました私のそばには、予想していたのとはまったく違うものがあった。

「凛っ――」

 私と寄り添うように寝ていたのは、私のマスターにして私の良き理解者でありパートナー、そしてある意味では最大のライバルでもある遠坂凛、彼女だった。
 私が想像していた人物は、どこを見渡しても視界にとらえることが出来なかった。いるべきはずの人がいなかった。

「なぜ……」

 朝を二人で迎えるというのはそう珍しいことではない。それが時に一人であったり、または三人であったりするが、どれにせよ驚くべきようなことではない。ただ、凛と二人で迎える朝というのはこれが初めてだった。

「もう起きて朝食の準備に行ってしまったのでしょうか」

 その可能性は大いにあるが、なにか釈然としないものを感じた。ぼうっとする頭に喝を入れながら昨夜のことをなんとか思い出そうとする。

 思い出そうとして……

 最初に浮かんできたのはやはり凛の顔だった。薄暗い部屋の中で、彼女の綺麗な顔をじっと見下ろしていた気がする。
 凛は、私に見られながら秀麗な眉を歪め、艶やかな喘ぎ声を切々と吐き出していた。はっきりとわかるほどに紅潮した彼女の肌は、私の肌にしっとりと張りつくように滑らかだった。彼女の体がなにかに押されるように揺れ、彼女の声が高くなる。

 そんな凛を、私はじっと見下ろしていた。
 まるで――私が凛を犯しているように…………



「な――」

 私が――凛を――――!?
 馬鹿な……そんなはずは……
 ど、どこかに、きっとあの人の姿があるはず。

 けれど、いくら思い出そうとしても彼の姿は記憶のなかに見出せない。それどころか、記憶そのものが濃い霧にでも覆われているかのようにはっきりとしない
 唯一、記憶のなかにとどまっている映像が……凛を抱くように組み伏せているあの映像……

「…………」

 背中を冷たい汗が流れ落ちる。
 まさか、本当に……あの映像どおりのことをしてしまったのだろうか。もう二度と、女性を抱くなどということはしないと思っていたのだが、昨夜、それを破ってしまったのだろうか。それも、あろうことか、相手があの遠坂凛。

 思い出せない。なにがあったのか、思い出せない。
 こんなことは初めてだった。脳内になにかを突きこまれてぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのように、意識が混濁してしまっている。

「ん、んん……士郎……」
「え……あっ、ちょっ……」

 自分の脳とにらめっこしながら考え込んでいると、横にいた凛がごそごそと寝返りを打った。それだけならまだしも、私の体を抱きしめるように腕をまわしてくる。
 私のことを、別のなにかと間違えているような動きだったが、それがなにと間違えてのものなのかはわかりすぎるほどにわかっている。なにしろ、さっきは自分がそれを間違えていたのだから。

「り、凛っ、起きてください。私はシロウじゃ……あんっ、や、ど、どこを触って……きゃんっ、う、うう……駄目です、凛っ!」

 凛の手が私の胸をむにむにと揉み始めた。それどころか、先端の突起までひねるようにくにくにと。さらにはつままれたり突っつかれたりピンッと爪弾かれたり。
 あっ、んんっ、気持ち、良い……
 こ、こんなこと、凛はどこで覚えたのでしょうか。シロウにもそうは劣らないほどに巧みです。もしかしたら、シロウにもこうやって奉仕しているのでしょうか。男性も胸をされると気持ち良いと聞きますし。これは負けてられません。私も修行しなければ……

「――って、いい加減起きてくださいっ、凛――っ!!!」
「ん、ん……ぁ…………え……セイバー?」

 大声で怒鳴りつけたのがきいたのか、凛がようやく目を覚ました。自然と手も離れた。ちょっとだけ名残惜しかった。

「はい。私です。おはようございます、凛」
「あ、うん。おはよう、セイバー」

 どこかまだぼけっとしたままの顔で凛がこたえた。朝にはやっぱり弱いようだ。

「目が覚めましたか。では聞きたいことがあるんですが」
「え……うん……まあそれは別にいいけど、その前にさ、なんでわたしとあなたが一緒に寝てんの?」

 不思議そうに凛が聞いた。

「別に珍しいことではないでしょう?」

 ちょうど一週間前もそうでした。あの時は私たちのあいだにシロウがいましたが。

「ん……まあ、そうか。じゃあなんであなたは裸なの?」
「別に珍しいことではないでしょう?」

 第一、貴女だって裸です。

「それもそうか……ところで士郎は?」
「別に珍しい……ことですね。彼はいません」

 いてくれたほうがしっくり来るんですが。

「え、いないって……じゃあ、あなたとわたしだけ?」
「のようですね」
「ふうん……」

 なにげなく凛はつぶやいて、

「え……?」

 目を丸くする。

「ちょ、ちょっと待って。士郎がいないって……え……どういうこと」
「さあ……」

 それはこっちが質問したいことです。
 彼がいないことでなにやらややこしいことになってますから。

「では凛、そろそろこちらから質問させていただいてよろしいですか?」
「え、いいけど。なんかやけに馬鹿丁寧ね、セイバー」

 ことがことですから。

「凛。昨夜、なにがあったか覚えてますか?」
「昨夜? そりゃあ、昨夜のことぐらい……覚えて……」

 いるわよ、という感じでこたえようとしたみたいだが、すぐに不思議そうな顔で考え込む。
 そして――

「あれ……?」

 と、首をかしげた。

「貴女も憶えていないんですか?」
「いえ、憶えているはずなんだけど、なんか記憶がこんがらがっちゃってて……って、ちょっと待ってセイバー。あなたもってことは……」
「はい。私もはっきりとは思い出せません」
「な――」

 凛が驚く。それはそうだろう。サーヴァントがつい数時間前のことを忘却してしまったというのだから。酔っ払いが二日酔いで昨夜のことは……なんていうのとは次元が違う。

「思い出せないって、なによそれ」
「なによそれ、と言われましても、思い出せないことは思い出せないわけでして」

 凛はむぅーと私のことを睨みつけてくる。髪をおろしておまけに裸の凛にそうやって見つめられるのはなんか変な感じだ。

「それよりも、凛。貴女はなにか憶えていませんか? 断片的なものでも構いませんから」
「断片的なもの、って言われても……」

 私が断片的に覚えている光景というのはかなりアレなものだったわけで、出来ればそれが間違いであって欲しいと思いつつ凛の反応を窺う。
 凛はうつむいてしばらく記憶を探っていたようだけど、すぐに、なにかに気づいたように顔を上げ、慌てて私の顔を見る。でも視線が合うと、また慌てて視線をそらしてしまう。その頬はどことなく紅潮しているように見えて、さらには「なんでわたしが下なのよ」などと呟き…………なにを思い出したのかは明らかすぎるほどにはっきりとしていた。

「ええと、セイバー。ちなみに、だけど……あなたが覚えてることってどんなやつ」
「おそらく、貴女と同じものだと思いますよ、凛」
「……どっちが上だった?」
「私です」

 がっくりと、こうべを垂れる凛。せめてわたしが上でしょうよ、という悲哀がひしひしと伝わってくるようで。いや、凛。疑問を持つべきはそこじゃないと思いますが。

「わたし、そういう趣味はなかったはずなんだけどなぁ」
「それは私も同様ですが」
「いったいどういうことなの? なんでわたしとあなたが……その、あんなことしてるわけ、というかしてたわけ?」
「私に聞かれましても」

 凛のことは好きだが、そういうことに及びたいというような気持ちは無い。凛だってそれは同じ……だと思う。そもそも私たちにはシロウという人がいるのだから、同姓とはいえ別の人に体を許すなど……

「確かにセイバーは可愛いけど」
「あの――凛。微妙に怖いこと言わないでください」
「なによ。昨夜はわたしのこと好き勝手にしてくれたんだから、今度はわたしの番じゃない?」
「いえですから、それはなにかの間違いで」
「ほんとに間違いだと思うの? あれが?」
「……」

 実は思っていない。アレはそんな生易しい記憶じゃなかった。確かにアレは、昨夜、このベッドの上で、実際に行われていたことだ。
 私が裸の凛の上に覆いかぶさり、凛は私の下で鳴いていた。あの感覚が勘違いのはずはない。さらにいえば、昨夜の凛は女である私から見ても確かに可愛かった。

「ちょっとセイバー。おかしなこと考えないでよ」
「なにがです?」
「なんか変な目してるわ」

 ずいぶんと失礼なことをのたまう。

「確か前もわたしにエッチなことしたことあるでしょ、セイバーって」
「そ、それは……シロウにそうしろと言われたからであって……ですから仕方なく」
「ふうん……セイバーは士郎に言われたことなら何でもするんだ。確か、わたしはあなたのマスターだったと思うんだけどなあ。わたしよりも士郎の言うことを聞くのはなんでかしら?」
「うっ……それは……」

 凛の言うとおり、私のマスターである凛とそのパートナーであるシロウ、どちらの命令をより優先するのか、と、サーヴァントとしては迷うはずもない問いに、私は素直に応えられない場合がある。特に、ある状況でのある事柄に関して言えば、ほぼ確実といっていいほどシロウの言うことを聞いてしまう。『そ、そんなところ、やめなさい、セイバー』なんて凛に言われてもシロウの命令に従ってしまう。

「で、ですが、仕方ないじゃないですか。アノ時のシロウに逆らうことなど、私に出来るはずが……」
「ん、そりゃまあ、そうかもね」

 意外なほどにあっさりと納得してしまう凛。彼女こそが、いわば一番の被害者なのだからそれも当然のことか。

「その気になれば戦女神すら組み伏せそうな勢いだしね、アノ時のあいつ」

 するでしょう。ブリテンの王ですら為すすべなしですから。

「まあとりあえずそこら辺は全部士郎が悪いということにしておいて」
「そうですね」

 思いっきり責任転嫁な凛の発言に私はうなずいた。それが私たちの関係を円満にする秘訣。あまり深く考え込むと、マスターとサーヴァントの血みどろの戦いとなりかねない。

「それにしても、ほんとに昨夜はどうしちゃったのかしら。お酒でも飲んでたっけ?」
「記憶にはありませんが。そもそも私はアルコールでは酔いませんし」
「あら、そうなの。それは羨ましいような羨ましくないような。酔いたい時もあるでしょうに。ま、士郎なら羨ましがるかもね。あいつてんで弱いし」

 確かに、シロウのお酒の弱さは特筆すべきほどのものだ。わずかな量で酔ってしまうし、その酔い方がまたすごい。表面上はまったく変わらないのに性格だけが異常なほどに飛んでしまう。強いと思い込んだ凛が無理やり飲ませてひどい目にあったことがある。
 その時のことでも思い出したのか、凛はまた難しい顔で考え込んでしまった。上半身を起こし、長い髪をかき上げ、額に手を当ててふぅと疲れたようにため息を漏らす。

「凛?」
「なんかさあ、セイバー。思い出すこと思い出すことが全部アッチ方面のことっていうのは、十代の女としてどうかと思うんだけど」
「……いろいろ、ありましたから」

 私たちが今のような関係になってから約一年。言葉にすれば『いろいろ』のたった四文字ですむけれど、その四文字に含まれた意味は限りなく深い。
 お互い、初めてを失ってからここに至るまで、ありとあらゆることを、それもひどく短期間で経験した。ゆえに、この一年の記憶がそれに集中してしまうのも無理ないところかと。

「普通の思い出を残したいのなら、三人でどこか旅行にでも行きますか?」

 気分を変えるために私は何気なくそんなことを言ってみた。言ってから、意外と良い思い付きかもしれないと思った。

「旅行、か……。うん、いいかも。夏も年末も、結局どこにも行けなかったし、倫敦に行ったらしばらくは日本にも帰ってこれなくなるしね。思い出作りにはいい機会かも。セイバーはどこか行ってみたいところある?」
「そうですね。やはり温泉には一度行ってみたいと思います」

 日本にいる時にしか味わえないものといったらやはりこれだろう。日本の伝統的な文化をじっくりと堪能してみたい。

「温泉かぁ……いいわね。たまにはゆっくりするのも気持ちよさそう」
「ええ。なんだかんだで、この一年はひどく忙しかったですから。倫敦に行く前に英気を養うのも悪くない」
「魔術訓練に基礎知識に英会話に、半分素人だったやつを一年で時計塔に入れないといけなかったんだもの、確かに忙しすぎたわ」

 そのほとんどの忙しさを背負ったのがシロウであることは間違いがないが、それでも、私にしろ凛しろ、あちこちを飛び回った一年であった。

「私たち三人が出会って一年ですから。いい記念になります」
「そうね。わたしとあなたと、それに士郎。三人でのんびり温泉に入るのも、わる、く……な、い……」
「……」
「……」
「……凛。今、なにを想像しました?」

 私は静かに問いかける。

「……多分、あなたと同じことよ、セイバー」

 凛も静かにそう答えた。

「ならば、少なくとものんびりお湯につかることは出来そうにありませんが」
「混浴無しならなんとかなるんじゃないかしら」
「本当に?」
「……ごめん、自信ないわ」

 でしょうね。私も自信ないですし。あの人がそんな絶好の好機を見過ごすとは思えません。またソッチの思い出が増えることになりかねない。むしろなる。

「……ま、温泉かどうかはともかく、旅行に行くってのはいいわね。忙しくなる前に予定立てときましょうか」

 気を取り直したように凛が言う。

「そうですね」

 その先にありそうな危機に関してはとりあえず目をつむりながら私は答えた。
 凛は眠気と共にアレな記憶を頭から追い出そうとするように、うーっと体を反らして大きく伸びをした。裸のままでそれをやるものだから、胸のふくらみがふるふると震える。

 それは――凛の……いや、シロウの努力の賜物か、一年前に比べるとわずかばかりではあるが大きくなっているような気がして……

 まあ気のせいでしょう。
 決して成長することの無い自分の胸を見下ろしながら、あっさりと結論付けた。

「さて、と。そろそろ起きましょうか」

 えいやっ、と勢いをつけて凛は起き上がる。シーツを引っ掛けて全裸の体を隠しているがお尻は丸見えだった。
 私もベッドから這い出て、そこかしこに脱ぎ散らかしている服を拾い上げていく。昨夜はどうもきちんと畳んでおくという理性すらなかったようで、私と凛の服は部屋のいたるところに散乱していた。

「ところで、さ……」

 下着と服を手早く着込んだ凛が、ツインテールを纏めながら言う。

「わたしとセイバーが士郎そっちのけでくっついたら、士郎のやつはどんな顔すると思う?」
「くっついたら……って、凛。ずいぶんと突拍子もないことを」
「たとえばの話よ。あいつ、焼きもち焼くと思う?」

 女同士の関係に焼きもちを焼く男性というのは、傍目から見てもあまり良いものではないと思うし、シロウがそんな小さな人だとはとても思えない。
 そう凛に言うと、バカね、と彼女は笑った。

「それは女友達、という関係の場合でしょ。この世の中にはね、女同士の恋人たちもたくさんいるのよ。もちろん、男同士というのもね」
「そ、そうなのですか」

 いや、だが確かに、かつて私が生きていた時代にもそれと似たような関係は多く見られた。ああいったものは特殊な環境が引き起こす、一種独特の関係であるのかと思っていたのだが。

「ですが、凛。かりに私と貴女がそのような関係になったとしても、シロウが嫉妬するなどということはさすがに無いんではないでしょうか。そもそも……あまり言いたくはありませんが、これまでにもいろいろとやらされましたし」

 貴女と私で。

「それは士郎がそばにいた時に、でしょ。そういうんじゃなくてさ。……あいつの知らない場所で自分の女が別の人に抱かれている。相手が男だったら当然問題だけど、その相手が女の場合はどうなるのかしら」

 む。自分の女を女に取られる、ということですか。普通ならありえない、ずいぶんややこしい状況設定ですが、考えてみれば今の私たちの状況がそうなのですね。昨夜、なにがあったかは正確に覚えていないのでなんともいえませんが、ナニかがあったのは間違いないところですし。
 もしこのことをシロウが知ったら、彼ははたしてどう感じるのか。興味がないといえば確かにうそになる。

「つまり貴女はシロウに焼きもちを焼かせてみたいのですか?」
「まあ、たまには、ね。いつもこっちばかり振り回されているのもシャクじゃない」

 私から見ればいつも振り回されているのはシロウのような気がするが、凛からしてみればまた別の意見があるらしい。

「焼きもち焼かせるために別の男といちゃつくのは勘弁だけど、セイバー相手ならそれも面白いかな、ってね」

 もちろん、本気じゃないけどね、そう凛は付け加えた。

「女性に女性を取られて、男性は焼きもちを焼くものなのですか?」
「さあ、どうかしら。少なくても慌てさせることは出来そうじゃない」

 凛の顔はまさにいたずらっこのそれだった。お尻からはピコピコ揺れる尻尾がのぞき見えそうな気さえする。

「……まさかとは思いますが、凛。以前シロウに勝てなかったことをまだ根に持っているのでは?」

 もう、半年以上も前のことだった。
 あるきっかけで始まった壮絶な戦いの記録。
 圧倒的な強さを身につけた男と、死力を尽くして立ち向かった私たち。そして重ね続けた敗北。
 たった一度の勝利を得るために、少女はただひたすら戦い続け、私はそれを生温かい視線で見つめていた。できれば見つめているだけで済ませたかったけれど、なぜか毎回巻き込まれた。

 もう、とっくの昔に諦めたものかと思っていたけど、凛の心の奥底では、勝利を求める不屈の意思が燻り続けていたのかもしれない。

「根に持ってるなんてことはないけど、日本にいるあいだに一度くらいはぎゃふんと言わせてやりたいし」

 多分、そういうのが「根に持っている」と言う言葉の意味だと思いますが。それとも私の日本語がおかしいのでしょうか。

「隣の部屋からわたしとセイバーのアノ時の声が聞こえてきたら士郎も驚くんじゃない?」
「それは、驚くでしょうね」

 驚かないほうがおかしい。ただ、シロウはアッチの方面には基本的におかしいので確実かどうかはわからないが。

「うん。これは意外といい思い付きかも。セイバーはもちろん協力してくれるわよね」

 シロウを驚かせるためだけに凛とそういうことをするというのはどうにも気が引ける。とは思うが、私の持つ拒否権はさほど強くはないので多分無視されるでしょう。以前もそうでしたし。
 というかそれ以前に凛はすでにああでもないこうでもないとなにやら作戦を練り始めている。問いかけておいて答えも聞かないなどとは、あまりに失礼ではないだろうか。かつての私ですらこれほどの独裁は敷かなかったというのに。

「ふふ、できるだけ気分出してやりましょうね。士郎が我慢できなくなるような」

 あ、これはもう駄目だ。とても逃げられそうにない。久しぶりに、なんとも理不尽なものに巻き込まれるという経験をすることになりそうだ。

「まあ士郎なら、俺が男の良さを教え込んでやるー、なんて言って乱入してくるかもしれないけどさ」

 そう冗談を言って凛は笑った。いや、笑おうとした。しかし途中でそれに失敗してなにやら顔を引きつらせる。私も同様にちっとも笑えない。
 冗談のつもりで言ったその言葉は、なにやらひどく現実味を帯びていて、十数時間後、私たちの前で実際にそう言うシロウの姿が目に浮かぶようだ。
 これまでの経験が一応は生きているのだろうか。どのようにして敗北するかの道程が、未来視でもしたかのようにはっきりとわかる。ついでに、男の良さを再認識させられた私たちが、翌日どのような状態で目覚めることになるのかも。

「作戦中止。やめときましょう」
「……ですね」

 わずかな可能性にすがるというのならまだしも、確実に負けることがわかっている戦いはさすがに仕掛けられない。そのぐらいには凛も冷静だった。
 私もそれには賛成。勝利を目指すことよりも敗北した時の被害を最小限に食い止めるのがこの戦いでの私の役割。無理な攻撃指令にはある程度の抑制を聞かせる必要がある。
 今回に関しては凛が比較的冷静でよかった。半年前の負けっぱなしだった頃の凛なら、いっさい構わずに突撃して、ついでに私も被害の余波を受けていたことだろう。

 む――
 なんかこの感覚、久しぶりですね。
『私はいったいなにをしているのだろう』という、この感覚。

「まあ、それに関しては後でゆっくり考えましょう」

 それに関して、というのは旅行云々に関してか、それともシロウとの戦いに関してか。どちらともつかないのでそう簡単に頷くわけにはいかなかった。

「そ、それはそうと、そろそろ朝食の時間ではないですか? シロウも待っていると思いますし、もう行きませんか?」

 とりあえず答えを曖昧にしたままそう言った。再び敗戦まみれの戦に借り出されるのは正直やめてもらいたいし、事実、お腹も空いていた。シロウの作りたてあったかご飯を頂きたい。

「はいはい、相変わらずね」

 なにやら『ご飯さえ食べられれば幸せだもんね、セイバーは』的な雰囲気をこれでもかというばかりに醸し出している。反論したいところは山々だけど、とりあえず今はそう思っていてもらったほうが都合が良いので黙っていた。それにお腹空きましたし。


 服も髪もいつものスタイルに戻った凛が部屋を後にする。私もそれに続き、扉を閉じた。だが、部屋の景色が視界から消え去ろうとした瞬間、ふと目に止まったものがあった。

「あ……」

 今のは――
 もう一度扉を開け、部屋の中に入る。それほど目立った装飾品などは置かれていないが、それなりに女性の部屋だとはわかる凛の部屋。そこに、あまり似つかわしくないモノが落ちている。

「これは――下着、ですか……?」

 それも、男性用。
 私のそれとはあきらかに大きさが違う。
 そんなものを履くのはこの屋敷に一人しかいないわけで――

「シロウが置き忘れていったのでしょうか」

 まあ、そうなのだろう。それは別に不思議なことではない。昨夜は違うとはいえ、何日かおきにはこの部屋でシロウは寝起きするのだから。
 多分、二、三日前に置き忘れていって――

「ん……? だとしたら、今朝までここにあるのは不自然ですね」

 この部屋の住人である凛なら、この置き忘れの品にはすぐ気づくはずだ。そのままにしておくということは無いだろう。
 昨夜の忘れ物だというのならば納得がいくが、昨夜はそういう日ではなかったのはすでにはっきりしている。昨夜、この部屋では私と凛が――

「あ、そういえば……」

 ちょっとしたミステリーに気づく。

「昨夜……シロウはどこにいたのでしょうか?」

 部屋で寝ていたのだろうか。
 いや、だとすれば私たちのアノ声が聞こえていたはずなので、シロウが放っておくわけがない。先ほど見えた敗北のシナリオが昨夜展開されていたはずだ。

 ならば土蔵にこもっていたのだろうか。
 それはありえそうだ。凛から正規の魔術を教わってはいるが、十年も続けてきた癖はなかなか抜けないらしく、シロウは時々土蔵にこもっては一人なにやら鍛錬を続けている。これに関して凛は複雑そうな顔をしているが、止めようとはしていない。であるから、今でもその鍛錬は続いているのだろう。

 昨夜もそうしていたのだろうか。そう考えるのが一番自然だが、そうなるとこの落し物の存在がひどく気になる。

「なにか――最も大事なことを忘れているような――――」

 そんな危惧があった。あったが、

「朝食を頂いてから考えましょうか」

 とりあえず今のところは置いておいた。お腹、空きましたし。








 翌日の目覚めは快適だった。
 体のだるさもなければ、どこかが特別痛いとか、ヒリヒリするとか、そういったものはいっさいない。隣に誰かが寝ているということもなかったし、記憶が混濁していることもなかった。
 一人だと妙に広く感じるベッドから身を起こし、耳に詰めていた栓を取る。シロウ特製強化型耳栓は、一人で寝る場合の必須アイテム。これがないとこの衛宮邸ではゆっくりと寝ることが出来ない。うるさかったり当てつけられて体が火照ったり、とにかく寝れない。昨夜の隣室はかなり激しかったようなのでこの耳栓がなければやはり寝れなかったであろう。

 服を着替えてすぐに居間へ向かった。シロウが朝餉の準備をしているのだろう、キッチンからは食欲をそそる音と香りが漂ってくる。
 いつもの席について朝食を待つ。
 変わったことなどなにひとつない、ひどく平穏な朝だった。もうしばらくすれば、目の前のテーブルに良い香りが立ち上る朝食が並ぶ。この一年近くのあいだにシロウの腕前はさらに上がったので、今日もきっと――いや間違いなく、私のお腹を満足させてくれることでしょう。

 胸とお腹をわくわくさせながら、きちんと正座してその時が来るのを待つ。
 扉の開く音。その音はキッチンからではなく、廊下から聞こえてきた。どうやら凛も起きてきたようだ。

「おはようございます、凛」
「……んー――――」

 挨拶とはとても呼べないシロモノの返事をする凛。無礼極まりない行為だがいつものことなので気にしない。彼女はぐったりと崩れ落ちるようにテーブルについたが、これもいつものことなので気にしない。明日には多分、私がそうやってテーブルに突っ伏すことになっているだろうし。

 凛が席につくとシロウがキッチンから顔を出し、すぐに朝食となった。







「謎はすべて解けたわ」
「は……?」

 朝食が終わり食後のお茶をすませた後、凛に呼ばれた私は彼女の部屋に行った。ビーズ入りのクッションにぽすんと座るや否や、凛が最初に発した言葉が冒頭のそれだった。聞いたのが私以外だとしても私と同じような反応をするだろう突拍子も無い言葉。

「謎……とはなんのことです?」
「決まってるじゃない。昨夜の――いえ、もう一昨日の夜になるわね。そのことよ」
「一昨日の夜……」

 一昨日の夜。凛と二人っきりで迎えた朝。
 そのことはできればもう忘れたいところですが。いくら相手が凛とはいえ、女性相手にあんなことをしてしまうとは、不覚です。

「セイバー、一昨日の夜のこと、もっと良く思い出してみて」
「いや……私は、もう」
「いいから早く」

 凛はそんなことなどお構い無しで、真剣な表情で言葉を続ける。
 むぅ――
 そこまで言われるのならばしょうがありませんが、もうあんなことは絶対にしませんからね。なんとなくシロウに申し訳ないような気がしますし。

 そう弁解しながら、私はもう一度、アノ夜のことを思い出す。



 凛の体は綺麗だった。これまでもなんどか見てはいるが、この日ほど綺麗だと思ったことは無い。いつもとは違い、まるで抱くように彼女を組み伏せているからそう新鮮に見えるのかもしれない。

「凛……」

 私は彼女の名を呼んだ。

「あ、んっ、んんっ……セイ、バー……」

 凛が私の名を呼んだ。
 動くたびに、私の下で彼女が鳴く。それはどこか倒錯的な快感。これならば、シロウが彼女をいじめたがる理由もなんとなくわかるというもの。
 そのぐらい凛は可愛くて――

「ふぁ、ああっ――」

 こうやってまた鳴いて……って、待ってください。今の声は。

「だ、め……です、んんんっ!」

 あ――
 これは私の声……
 いつの間にか攻守が入れ替わっていたのか、私の声が響き、凛の声が聞こえなくなる。

「セイバー」

 凛が私の名を呼んだ。私を責める彼女の顔はきっといじめっこのそれに――なっていなかった。それどころか、どこか羨ましそうに私を見つめていて……

 ――羨ましそうに?
 ――なぜ?

 なにかが……おかしい……

「あっ、んくっ……ひぁあ――」

 今度はまた凛の声。
 聞いてるほうが頬を染めてしまうような声を、凛が上げる。
 そんな彼女を私は上から羨ましそうに……

 ――自分で凛を責めているはずなのに、なぜ羨ましがらなければいけないのか。
 羨ましがるだけのなにかを、凛がしてもらっているから――

「あんんっ」

 私はまた声を上げる。

「くぅあぁっ」

 凛が引きつった声を上げ、

「ひゃんんんっ」

 私がどこかくすぐったそうな声を上げ、

「ぃあああぁあ――」

 凛がかすれた声を上げる。

 私と凛、替わりばんこに声が上がる。
 替わりばんこに。
 替わり……ばんこ――――
 あ――



「あ――――っ」
「どうやら……思い出したようね」

 静かな問いかけに、はい、と答える。

「かすかにですが、思い出したこと――いえ、思い出した言葉があります」
「言葉、そう……。わたしも最初に思い出したのは言葉だったわ」
「貴女がどのような状況でそれを思い出したのか、聞くのは構わないのでしょうか?」
「……今はまだ駄目よ」
「そうですか」

 それは果たしてどのような状況だったというのか、彼女は静かに首を振った。私も深く追求はしなかった。武士の――騎士の情けです。

「では、凛。あれは――現実のことですか?」

 私は別のことを問う。

「現実だとしても……それがいったいどうだというの? これまでのことに比べれば、アノ程度のこと、別にどうということはないわ」

 昨日、かつての戦いの記憶を久しぶりに思い出したというのに、すぐさま敗北にも似た現実を叩きつけられたせいか。どこか凛は投げやり気味にそう言った。
 果たしてどのような状況でその現実を思い出したのかひどく気になるところではあるが、それよりも前に聞かねばならないことがある。

「それで――凛。貴女が思い出した言葉というのは、いったい――」
「…………」

 彼女は答えなかった。
 私が思い出した言葉と、彼女が思い出した言葉。仮にそれが同一のものであった場合、やはりあれは夢ではなく現実だったと認識しなければならない。これまでにも何度か現実とは思えないような現実を経験してきたけれど、その歴史にもう一枚新しいページが加わることになる。あまりありがたくない歴史が。

「凛……」
「わたしのことより、セイバー、あなたのほうは?」
「わ、私から答えるのですか?」

 出来れば勘弁してもらいたいところですが。

「いえ、この場合はやはり凛のほうから」
「この場合がどの場合を指すのかはわからないけど……セイバーが言えば私も言うわ」
「ではその、同時に、ということで」
「ん、そうね。構わないわ」

 私たちはうなずきあった。
 なんでこんなことにこんな神妙にしなければいけないのか、ひどく疑問な感じもするが、そんなことで悩んでいては凛のサーヴァントとして、シロウの剣として、この世界で生きていくことは出来ない。深く考えないこと、それが大事だ。

「それじゃあ」
「ええ」

 昨夜、もっとも記憶に残り、それでいてなぜかぽっかり忘れてしまい、そしてまた思い出した言葉。呼吸を合わせ、口にする。

「「こうしたほうが替わりばんこに入れやすいだろ」」

 華麗にハモッた。



 こうしたほうが替わりばんこに入れやすいだろ。
 そう言ったのは、やはりというかなんというか、衛宮士郎その人だった。
 聞きようによってはとんでもない台詞を実際にとんでもない用途に使用しながら、シロウが私たちに取らせた格好はものすごくとんでもなかった。
 裸になった私たちは、凛を下に、私が上に、向かい合わせで折り重ねられた。胸がぺたんと重なり合い、当然のことながら下のほうも重なり合う。そしてシロウは、これまた当然のように下のほうへ陣取った。

 せめて明かりを消してくれと頼み込んだ私たちだが、せっかくシロウがしぶしぶうなずきながら消した明かりも、部屋のなかを包むやっかいな月のひかりによって意味を為さなくなってしまう。むしろ、人工的な明かりよりもこの月明かりのほうがひどくそそるな、なんてことを言われる破目になった。
 確かに、上下に折り重なったピンク色のソコは、この月明かりのなかとても幻想的に映し出されていることだろう。見てないし見たこともないので完全な想像だが。

 それでも、それを見たらしいシロウがいつもの二割り増しぐらいで張り切ってるところを考えてみれば、やはりそれに相応しい光景が広がっていたのだろう。これまでにさまざまな経験を積み重ね、生半なものでは理性を揺るがすことなどない彼がそうなのだから間違いはない。



「最初はどちらからでしたっけ?」
「あなたのほうよ、セイバー」
「ああ、それで凛は私のことを羨ましそうに見ていたのですね」
「う、羨ましそうにって、そんな顔してないわよ」
「してました」



「っ、くぁ、あぁ、んっ」

 入り込んでくるソレはいつもよりも間違いなく力強くて、抑えようとしても声は自然と漏れてしまう。それを聞きながら、私の下にいる凛がつぶやく。

「あ……セイバー」

 そっちが先なんてずるい、と言いたげな表情で、私とその後ろにいるはずの人を見る。その顔には明らかに羨ましそうな感情が浮かんでいて、それを見た後ろの人は私の中をもてあそんでいたそれを抜き出してしまい、

「ぁああっ――」

 凛が喜びの声を上げる。



「喜んでなんかないわよっ」
「そうでしたか?」

 懐疑的な視線を送ってしまうのは止むを得ないだろう。凛のアノ時の声は聞いているこっちが頬を染めてしまうほどのものだった。

「大体ね、セイバー。あんな屈辱的な格好を取らされてたのに、あなたがあんなに嬉しそうにするから」
「わ、私だって別に嬉しそうになど……大体、貴女が勝手にバラしてしまうから、私にだって不満が……」
「ばらしたって、なによ」
「憶えてないのですか?」



 あれは何度目のことだったか。私と凛のあいだを好き勝手に往復していたシロウが、何度目かの挿入を私にしている時だった。
 シロウは相変わらず焦らすのが好きなようで、私たちのどちらもまだ達してはいなかった。イキそうになるたびに、私のなかを掻き回すそれは抜き取られ、下の凛のほうへ行ってしまう。凛がイキそうになればまた私。そして私がイキそうになればまた凛へ。
 そんなことを繰り返されるものだからいい加減に理性がおかしくなりそうで……私はその時イク寸前ぎりぎりだったが、なんとかその素振りを隠してシロウが気づく前に達してしまおうと考えていた。最後の理性を総動員したおかげか、その企みはうまくいきそうであったのに――

「セイバー……イキそうなの?」

 私の我慢する顔を真下から思いっきり見つめていた凛によって、あえなくバラされてしまった。



「あの時は心底恨みましたよ、凛」

 もう少しだったのに、という言葉どおりの恨みを視線に乗せながら凛を見つめた。凛は慌てて弁解する。

「だ、だって、しょうがないじゃない。わたしがまだ一回もイカせてもらえてないのに、一人で先にイッちゃうなんて、セイバーがずるいことしようとするから」
「ず、ずるいってなんですか」
「そうじゃない。あなたは上になってて顔を見られないから誤魔化しもきくだろうけどさ、私は下になってんのよ。士郎を騙せるはずないじゃない」
「だからと言ってですね」

 幾多の戦場を共にしてきた戦友を裏切るのはどうなのだろうか。

「大丈夫よ。どうせわたしが言わなくったって士郎のやつなら気づいていただろうし、大して違いはないわ」
「そういう問題では――」

 無いのだが、確かにシロウの分析力というか直感力は並外れたものがあるので、その通りかもしれない。
 それにシロウは、正義の味方を目指すだけあってやたら意思も強い。彼がイカせないと決めたら、どう懇願したところでイカせてもらえないだろう。それこそ、シロウの気まぐれで変わる『本日のオネダリの仕方』をクリアしない限り。
 意思の強さを生かす場所を果てしなく間違っているような気もするが。

「とにかく、次の時はわたしが上になるからね」
「……わかりました」

 仕方がないでしょう。貴女がどうやって彼を誤魔化そうとするのか、騙しとおせるのか、次の機会は下からじっくりと観察させてもらいます。
 おや……なんかどこかが間違っているよな……

「それにしても」

 どこかおかしな方向へ突き進もうとする会話を引き戻すように私は言う。

「凛はなぜアノ夜のことを思い出したのですか?」

 一昨日の夜の出来事は、今なおぐちゃぐちゃな記憶の中に沈んでいる。凛に促がされたおかげで私も一部分を思い出すことが出来たが、それがなければいまだに『凛と二人で過ごした夜』という間違った記憶だけが残っていただろう。

「……今夜になれば、きっと貴女にもわかるわ」
「今夜、ですか……」

 今夜。
 今日の夜。
 昨日の夜がいわゆる『遠坂凛の日』であったわけだから、今夜は『セイバーの日』である。
 ということは――

「シロウがなにか?」
「アノ夜は二人だった。昨夜は一人だった。でもやることは変わらなかった。そういうことよ」
「いや凛。なにがなんだか」

 凛の言葉は謎かけのようだった。
 私たちが玩ばれた一昨日の夜と、凛が肉体的精神的ダメージを受けた昨夜、それがまったく同じだった、ということらしいがそれは無理がある。
 一昨日の夜、私たちを替わりばんこに――したシロウ。私たちを上下に折り重ね、そのままハンバーガーでも食べるみたいにガブリとむしゃぶりついてきたシロウ。上のパンと下のパン、味比べでもするみたいに交互に賞味しながら。
 それゆえに――

「凛とシロウの二人だけでは、そういうわけにも……」

 いかないのではないですか、と言いかけて、凛の視線に気がついた。

「あの、なんです?」
「甘いわね、セイバー。そんな理屈、あの馬鹿には通用しないわよ」
「そ、そうなのですか?」

 いくらシロウでも一人を二人分に見立ててやることはさすがに出来ないと思いますが。

「あの夜は替わりばんこに――された。それだからなかなかイケなかったわけだけど、でもね、逆を言えばそれだからこそ休む時間もあった。でも、一人だとそういうわけにもいかない。正直、昨夜は頭がおかしくなるかと思ったわ」
「いえ、ですから。それは相手が二人だからこそ出来ることで、一人では」
「出来ないと思う? 本当に?」

 凛が真面目な顔で問いかけてくる。
 出来るも何も、入れる場所を交互に変えて――というのは、相手が二人いてからこそ為せる技で、一人では入れる場所が一つしか……無い、わけで……………………ということも、ない……?

「あ――」
「ようやく気づいたようね。あなたを待ち受ける運命というものに」

 残酷な運命を告げる鐘の音のように、その声は透明に響き渡り――
 いや、エピローグに突入するのはまだ早い。

「り、凛。聞きますが……その……どことどこを…………?」

 とりあえず三箇所、私たちは開発済みですが。

「わかってると思うけど」
「念のため、です」

 もしくは一縷の望み。

「そう……。より近しい方――そう言えばわかるかしら」
「……十分すぎるほどに」

 あっさりと断たれる望み。いや、最初からわかってはいましたが。
 ソコとソコを同時にアレされるというのはこれまでにも何度かあったけれど、あくまで、一方がメインでもう一方はおまけのようなもの。確かにそうされると気が違うかと思うぐらいになるけれど、両方を――で交互にやられたのだとしたら、それは果たしてどれほどの破壊力を与えてくるのだろうか。

「とりあえず……体勢は四つん這いのほうが良いでしょうか?」

 それが衝撃に対する最高の受身の体勢、かもしれない。

「お尻は高くさせられるでしょうね。あいつそういうの好きだし。……大きい声出すのが嫌だったら枕でもくわえてたほうがいいわよ」
「枕、ですか」

 四つん這いになりお尻を高く掲げ枕に顔をうずめる。それはそれで、シロウの理性を破壊してしまいそうで怖い。そうなってしまったらもう手のつけようがなくなるだろう。

「とりあえず、ニ、三回、失神させられるのは覚悟しておきなさい」

 達することではなく、失神をですか。それはかなりきつそうですね。

「凛は――どうだったのですか?」

 少し気になる。
 昨夜の、強化版耳栓をすり抜けてかすかに聞こえてきた凛の声。あの耳栓すら乗り越えてくるとは只事ではないはず。
 凛はしばらく苦い顔をしてきたが、すっと人差し指を上に立てた。

「一回だけですか。それならば――」
「前で一回、後ろで二回」
「……」

 やはり今夜の戦いは厳しいものになりそうだった。



「あ、ところで」

 いろいろと悲壮な覚悟を固めつつあった私だが、最後にどうしても気になることがあった。

「そもそも、私たちの記憶がおかしくなってしまったのはなにが原因なんですか?」
「記憶……? あ、そういえばそうね。あれさえなければ昨夜だってあんな不意打ち食らわなくてすんだはずなのに」

 不意打ちがなくても負けるのは確定済みだとは思うが、それはともかく、あの記憶の混乱がシロウのソレによるものだったのか、それともまるで関係のないことからなのか。

「シロウの方はどうだったのです?」
「あいつ? あいつは全部覚えてたわよ。だから……あんな真似させられたわけだし」

 シロウだけでも忘れてくれていたらすべてが平和に丸くおさまったんでしょうが。そう上手くはいかないというか、都合の悪いほうへ悪いほうへ収束していくというか。

「考えてみれば変な話よね。なんであんな強烈なことを、それも中途半端に忘れてたのかしら」

 どうせ忘れるのならきれいさっぱり消えてくれた方がまだしもましだったのに、そう言って凛は首をひねった。

「激しすぎた為、というのは」
「それはないんじゃない。あの程度でおかしくなるほどやわな精神してないでしょ、わたしもセイバーも」
「それもそうですね」

 お互い、ありとあらゆる経験を――修羅場を乗り越えてココまで来たのだ。二人折り重ねられて順繰りに挿入されるぐらいで動揺などしない。多分しない。

「と、なると……」
「やっぱり、レイラインのほうに問題があるのかも」

 そうですね。
 というか、普通は最初にそれを考えますよね。

「セイバー。なんかおかしなこと感じた?」
「今現在はありません。一昨日の夜のことでしたら、残念ながらわかりません」
「憶えてないんだからしょうがないわよね。わたしも似たようなもんだし」

 むぅ、と難しい顔をする凛。
 サーヴァントとマスターという私たちの関係は当然ながら今も続いているわけで、凛からの魔力供給がなければ私はこの世界から消えてしまうことになる。
 自分で言うのもなんだが、私はかなりの大食らいらしく、徹底的に力を制御しているにも拘らず、凛のほとんどの魔力を食い尽くしてしまうという有様。そのままだと凛は普通の生活すらままならない状態になるし、私としても意識を保つことすら難しくなる。なにもせず放っておけば、魔力を吸われ続けた凛が廃人になるか、私がこの世界から消滅するか、どちらかの結末が待っていただろう。

 それを回避するためにはシロウの協力が必要。厳密にはシロウでなくてもその方法を施すことは可能なのだが、様々な状況やら心情やらを考えると、ソレを出来るのはやはりこの世でシロウただ一人となる。むしろシロウ以外は絶対にお断り。これは多分、凛も同じ。
 であるからして、日夜行われているアレな行為も、それ相応の理由があってのことなのだ。供給過多だとか、魔力が飽和状態だとか、そんなことはこれっぽっちもない。今なら二、三発ぐらいならエクスカリバーを放てそうな気がしないでもないが、これも多分気のせい。いや、絶対気のせい。

「士郎がセイバーに直接補給するようになってからはほとんど問題なんて起きなかったし、現に今だってなんの問題も起きてない。あの日だけおかしくなるってのは考えにくいし……レイラインの問題でもないのかしら」
「では、他にどんな原因が?」
「うーん……思いつかないわね。こんなこと初めてだから」

 男性と過ごした一夜の記憶が歯抜けのような状態になっている。女性にとって見れば確かに頭の痛い問題だ。だがそれとは別にもう一つ、自身の魔術回路に何らかの失陥がある、という可能性。それは、魔術師である彼女にとっては決して見過ごせないことだった。
 難しい顔で、一度しっかりと調べておいたほうがいいかも、と凛はつぶやいた。

「また工房に篭るのですか?」

 彼女はまだ若いが、魔術師の家系として由緒正しい遠坂家の当主だ。当然、自前の工房を持っている。
 魔術師にとって工房はまさに秘密の塊。それも自分だけのものではなく、その家に伝わるすべての秘密が叩き込まれている。秘密であり、宝であり、財産であり、命だ。私もそこには立ち入ったことがない。無論、立ち入ろうなどと大それたことも考えてない。

「そうね。そうするかもしれないわ」

 彼女が工房に篭ってしまうと一週間ぐらいは平気で出てこなくなってしまう。前回は確か二週間だっただろうか。意外と根を詰める性格なのかもしれない。

「その時はしばらく士郎をよろしくね」
「そ、それは……」

 一人で戦線を維持しておけ、という総司令官からの命令だろうか。

「あ、それとも、セイバーをよろしくね、と士郎に言っておくべきかしら」

 そして敵方には、徹底的に叩き潰せ、と逆の指令をくだすのですか?
 それではあまりに勝ち目がない。

「ふふ。冗談よ。さすがにいきなり工房に篭ったりはしないわ。そこまで切羽詰ってるわけでもないし、頼りない兵士を一人置き去りにはしたくないしね」
「驚かさないでください」

 でもちょっとだけ楽しみにもしていたのですが。言うといろいろと怖そうなので言わないでおきます。

「さ、て……くだらない話はここら辺にしておきましょうか。今日もシロウとの稽古するんでしょ?」
「ええ。そのつもりですが」
「じゃ、わたしはいったん屋敷に行ってくるわ。切羽詰ってるわけじゃないけど、一応は調べておきたいしね」
「そうですか」

 遠坂の屋敷に帰る、ではなく、行く、という言葉が少し気になった。良いことなのかはわからないけれど、凛にとって帰るべき場所はすでにこの衛宮邸になってるのかもしれない。
 まあ、一年のほとんどをこの家で過ごしているのだからそれも当然だろうか。

「セイバーも、今夜のことが怖いならいつもより厳しめに稽古したら。少しは楽になるかもよ」

 手負いの獅子、という言葉をご存じない?
 ていうか凛、貴女はその方法でこれまでなんど痛い目にあってきましたか?

「善処します」

 とりあえず私はそれだけを答えた。



 凛との会話でいろいろと思い出した私だが、なにかもう一つ、もっとも大事なことを忘れているような気がした。けれど、それが結局なんなのかわからないまま――







 その夜。
 最早幾度目かは数えきれない、
 そしてこれからも繰り返されるだろう戦いが静かに始まる。

   セイバー
     VS
      シロウ

 ただし、
 一方はすでに、白旗振り回している状態。



「シロウ……あっ――やはり、こ、この格好、なのですか……」

「い、いえ、別に。あ、はい……もう少し、高く、ですね。ん……こ、これで良いですか?」

「シロウ、お願いがあるのですが……その、そこの枕を貸してください」

「はい、ありがとうございます。ん、では、どうぞ……」

「んんぁあっ――ふぁ、ん……さ、最初は、そちらから、なのですね……んくぅっ」

「はぁ……はぁ……くぅんんっ、ふぁ、あぁ……シ、シロウ、いつもより……変な、ひぁあっ」

「なっ――そ、そんなこと――――っ! ぅ、く、んん……わ、わかりました、言いますっ、言いますからっ……やめない、で……」

「そ、その……引き抜く時が、なにか、変なんです……。きゅんっ、て、引っ掛かるみたいで、その……」

「だからって、そ、そんなにシテは――くっ、はぁあっ、んん……お、おかしくなって……ふぁああっ」

「わ、わかりません――っ! そんなこと言われても……くぅあっ……もう、どちらに入っているかなど……んぁああっ」

「両方に、入ってるみたいで……んんっ、あぁ……おかしくなってしまいます」

「ほんとうに……もう……もう……あ、ぁああ、あ、シロウ……シロウ――っっ」



「はぁ、はぁ……はぁ……シ、ロウ……これ以上は……」

「あ、はい……どちらにでも、出して頂いて、構いませ……あ、ん」

「ィ、あぁ……くぅんんっ、は、ぁ……シ、ロウ……そんな、両方に……なんて……ひぃ、あぁぁぁ」

「あ、あぁ、熱い……熱くて……んくっ……どちらも、あ、ぁぁ――」












 意識が、闇の中へと沈む前に思う。

 あの夜――
 もし、今日と同じことが行われていたのだとしたら、
 半分ずつ、別々の場所に出されていたのだとしたら、
 私たちの体はどうなっていたのだろうか。

 レイラインで繋がっている者同士が、外部から、それもほぼ同時に、
 『魔力の源』を注ぎ込まれていたのだとしたら――

 ちょっとぐらい……記憶が混乱してしまうかもしれません、ね――

「謎は、すべて解けました――……」

 限界は唐突に訪れ、悦楽の波に攫われたまま、意識が沈んでいった。




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あとがき


前話から実に十ヶ月も経ってるのに、急に書きたくなったんで書いてしまいました。
歌月十夜のサブシナリオ『タナトスの花』を読んだら急に書きたくなったんで、
いや、書きたくなった……というか、重ねたくなった、というのが正確か。
そのまま18禁ものにしても良かったけど、それは別の話でやるつもりなんで、急遽変更。
さらに書いてる途中でもどんどん話が変わるもんで、気楽に書き始めたのに妙に長くなってしまいました。
最近、更新して無いもんだから、話のまとめ方を忘れてるのかも。

相変わらずいい加減な設定で話を進めてますが、まあ、あんまり深く考えないでください。

一応、サイト開設からちょうど一周年の記念SS
そこになんでこんなん持ってくるかなぁ、という気がしないでもないですが――ま、いいか。

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