青と蒼と藍

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観戦、コペンハーゲンにて

後編

 薄暗い路地裏。
 消えかけの電灯と、虚空から降り注ぐ緩やかな月明かりだけがそこを照らしています。
 顔を覗かせたぼくの視界がとらえたのは、その柔らかい月光の中にたたずむセイバーさん。
 白く、優美なその姿はどこか神秘的な輝きを放ち、黄金の髪が空に浮かぶ星屑のように瞬いています。

 綺麗だ……

 何のためらいもなく、そう思います。
 しばらくその美しさに見惚れるぼくですが、すぐにここを覗き込んだ理由を思い出しました。

 そうだ、衛宮先輩はどこに。

 ここにセイバーさんと一緒にいるはずの衛宮先輩。ぼくはその姿を探します。
 が。いません。
 いくら目をこらしても衛宮先輩は見つからず、いるのはセイバーさんただ一人。

 え、これは、どういうことですか?
 一人だけ……だったらあの声は……?

「はっ……あ、あぁ、んんっ」

 セイバーさんの声。
 その声は、彼女の状態が明らかに普通ではないことを示しています。ある方向へ突き進んでいるということを示しています。
 それなのに、その状況を作り出しているはずの人がそこには見当たらない。
 ということは……
 ぼくは自分の思いつきに戦慄してしまいます。

 まさか……セイバーさん……一人で……

 じっと、再びセイバーさんに視点を合わせます。
 確かにそこにはセイバーさんが一人だけ。
 背後の壁に背中を寄りかからせ、どこか苦しげに息を吐き出しています。
 そして、その息と共にあの不思議な声を漏らして……あ、セイバーさんの手。
 セイバーさんの両手は、彼女が穿いているその長めのスカートを押さえつけるように置かれています。
 ただ、その両手の動きはそれほど激しいものではなく、ぼくが想像していた行為をしているようには……
 
「んあぁっ――あ、あ、ぁ……はぁん……ん、シロウ……」

 それなのに、セイバーさんの可憐な唇からは、いかがわしい妄想を掻き立てるに十分なほどの声が漏れ出し続け、彼女がその対象にと求めている男性の名も零れ落ちています。
 壁にもたれかかっている腰は今にも崩れ落ちそうだし、そういう行為を一人でしているのは間違いがないと思いますが、どこを見てもそういった痕跡が。

 あ――――

 その時、セイバーさんの穿いているスカートが不思議な動きを示しました。
 スカートがまるで生き物のように蠢き、その動きを抑制するかのようにセイバーさんの両手が動きます。
 そしてその度に……

「あんっ、シロウっ、駄目ですそこはっ! だ……んんっ、やめてくだ、さ……んっ」

 セイバーさんが悶えます。
 左右に開かれた両脚がガクガクと震え、その下の地面を見れば黒い染みがうっすらと広がり、両手に力を入れその蠢く「なにか」を必死に……
 
 ぼくはようやく理解しました。
 いや、ここまで気づかなかったぼくが馬鹿だったんです。
 不自然なスカートのふくらみ、その中で蠢く謎の物体、そして地面とスカートの隙間から覗く何故か四本ある脚。
 これらを総合して考えれば、導き出される答えは明白。

 ……なんてことをしてるんですか、衛宮先輩。

 おそらくは……いや、間違いなく、セイバーさんのスカートの中に潜んでいるであろう衛宮先輩。
 その中でいろいろとやってはいけないことをやっているであろう衛宮先輩。
 そんな先輩に対して、ぼくは心の中で呆然と呟くことしか出来ませんでした。



 衛宮先輩に(姿が見えないので確かにはわかりませんが、おそらく)スカートの中から悪戯されているセイバーさん。
 そんなセイバーさんを覗き見ながら、これは本当に現実のことなのだろうか、とぼくは考えます。
 もしかすると、セイバーさんへの思いが強烈過ぎて、こんなありえない妄想を夢の中で思い浮かべているのではないだろうか、そう考えてしまいます。
 
「ひゃんっっ! あ、ふぁ、そんな奥まで、んんっ、な、舐めないでください、シロウ!」

 でも、そんな考え、いえ、願望はすぐに消えてしまいました。
 舐めないで?
 指で触ることを舐めるとは言いませんよね、普通。
 ということはつまり、衛宮先輩は口で、セイバーさんの……
 こんな当たり前のことをいちいち反芻しなければいけないほど、ぼくの頭は混乱しています。
 だって、あのセイバーさんですよ! あの――!

 ……ああ、でも、もう認めないといけませんよね。
 セイバーさんだって人間。
 当然、好きな人だっているし、好きな人と、その、そういうことをしたいと考えるのはなにもおかしくはない。
 ぼくが幾らセイバーさんに願望を重ね合わせたところで、彼女がその通りに従う必要なんてこれっぽちもない。
 ただ、出来うるならば「セイバーさんの好きな人」という位置をぼく自身が占めたかった、という思いはあります。
 でもそれを決めるのはセイバーさんですし、そのセイバーさんが衛宮先輩を選んで、なおかつこんな場所で、こんなことをするだけの関係になっているのだから、もう潔くあきらめよう。

 ぼくはこの場所から立ち去ることにしました。
 いつまでも今のセイバーさんを見ているのはつらいですし、そもそもこんな覗き見すること自体マナー違反です。
 踵を返そうとして――

「は、あ――っ! んん、くぅ、は、ぁぁ……んっ!」

 …………
 足が動きません。
 向こう側から聞こえてくるアノ声が、ぼくの両脚を地面に縫いつかせています。
 聞いてはいけない、見てはいけない、それは良くわかってるんですが、いくら頭で理解していても体が言う事をきいてくれません。
 さっきと、まったく同じ呪縛が、ぼくの全身を支配しています。
 
「ひぃんっ! あ、そのようなところ、つ、抓んでは……くぅ――っ!」

 金色の髪を乱しながら頤をそらすセイバーさん。
 つ、抓んでは、っていったいどこを抓まれているんですかっ。
 
「きゃぅ――っ!! う、うぅ……だ、だからといって、噛まないでくださ……んんっっ!!!」

 か、か、かかか噛む!?
 な、なにをしているんですか! 衛宮先輩!
 そんな暴虐無尽なこと、し、して良いと思っているんですかっ!

 心の中で猛然と毒づくぼくですが、もちろん衛宮先輩には聞こえません。
 そしてぼくの瞳は、顔を赤く染めてもだえ続けるセイバーさんにひたすら吸いつけられています。
 文句を言っている割に情けないことですが、どうしても彼女から目を離すことが出来ません。

「あ、んん……はぁ、ん、んっ、ふぁっ」

 ピクン、ピクン、と小さく体を震わせるセイバーさんは遠目から見てもひどく可愛い。
 そのセイバーさんに直接触れることができ、間近でその声を聞くことができる衛宮先輩なら、きっとぼく以上にその可愛さを堪能していることでしょう。
 なんというか……うらやましすぎます、衛宮先輩。

 そんなぼくの恨み言をよそに、衛宮先輩の振る舞いはさらに加速しているようです。

「あ――っ! シ、シロウっ! そ、そこはっ!」

 え? こ、今度はなんですか? どこを悪戯されているんですか?
 突然、乱れ始めたセイバーさんを見て、ぼくは遠い角であわてます。

「そ、こは……だ、だ、め、です……うぅ……」

 さっきとはまったく違った反応を示すセイバーさん。
 どこか息が詰まったような、苦しそうな表情で体を震わせています。
 いったい衛宮先輩はなにをしているのでしょうか。
 ぼくはそれを見極めようと目をこらします。

「はっ……はっ……んん……うぅ」

 断続的に息を吐き、額からうっすらと汗が染み出ています。
 時折、のどをさらけ出すように背をそらせるのは、下から衛宮先輩の責めをうけているからでしょう。
 よく見ると、衛宮先輩が中に潜んでいるであろうセイバーさんのスカートが、何かに引っ張られるように動いています。
 セイバーさんが両手で抑えている膨らみ(あれはたぶん衛宮先輩の頭なんでしょうが)それとは別に、後ろのほうへと引き込むような動き。

 後ろのほう。
 つまり、セイバーさんのお尻と、背後にある薄汚れた壁、そのあいだ。
 そこでモゾモゾと蠢くそれが、どうやらセイバーさんの悲鳴の原因となっているようです。
 あれは衛宮先輩の手……なのでしょうか。
 そこが、クイッ、クイッ、と動くたびに、セイバーさんの口からは面白いように声が漏れます。
 
「ああぁ、駄目です、シロウ。そこから……指を抜いてください」

 指を……抜く?
 ということは、いまは指が入っている?
 どこへですか?
 前のほうならともかく(それも嫌ですが)そんな後ろには、指を入れる場所などありませんよ。
 あるとすれば、それはお尻の……おしりの……お、しり……の……!?

「……――――っっっ!!!!!」

 思わず大声を出しそうになってしまいますが、唇を噛んでなんとかそれを我慢します。
 が、いくらそうしても、頭の中はさきほど辿り着いついてしまった答えに混乱したまま回復しません。
 いや、ですが……落ち着いて考えれば、いくらなんでもそんなことはさすがに……無い、はずです。
 おし……そんな場所に指を入れるなんてこと、いくらなんでもそんなことは……

「お、お尻の穴は駄目ですっ、シ、シロウっ!」

 ――て、なにそんなにはっきり言っちゃってるんですか、セイバーさん。せっかくぼくがちょっとぼかして言ったというのにっ!
 
 あまりにもなセイバーさんの発言に、ぼくはつい逆ギレしてしまいます。
 ですが、そんな見当違いの怒りは、無論、相手には聞こえてません。
 二人は今なお、その淫らな行為に没頭し続けます。
 いや、没頭しているのはいまだ姿の見えないほうの一人で、もう一人のほうはただその責めの前に翻弄されているだけなのですが。

 セイバーさんの鳴き声とともに、ぼくの耳にはピチャピチャと子供が水遊びをしているような音も聞こえてきます。
 おそらく衛宮先輩は、お尻の……後ろのほうを責めながら、前のほうをその唇と舌で蹂躙しまくっているのでしょう。
 まったく――とんでもない人です。
 ぼくは、なにげなくその光景を想像します。
 自分の瞳が衛宮先輩の瞳になったかのように、その眼前に広がっているであろう光景を夢想します。

「……」

 …………
 無意識に舌が伸びてしまいました。
 チロチロと、空気を文字通り空しく舐めています。
 さすがにこれは情けなさすぎます。
 その非生産的な行為をやめ、再びセイバーさんのほうへと視線を戻しました。
 いえ、これも十分、非生産的な行為であることは理解していますが。

「ああぁっ、シ、ロウ……私、もう……」

 限界が近いことを衛宮先輩に知らせるセイバーさん。
 なんの限界なのか、そのぐらいはぼくもわかります。
 その、つまり……もうすぐイッてしまう、と、そういうことですよね、セイバーさん。
 優しく語り掛けますが、もちろん答えてはくれません。そもそも聞こえてないですしね。

 ですが、衛宮先輩のほうはぼくのささやきが聞こえていたかのように、その過激なる責めをさらに激しくさせました。
 そこはどれほど複雑な動きをしているのか、スカートの後ろ側がありえないような揺らめきをしています。
 そしてその度に――

「あんっ、ん……はぁっ、あぁ、くぅ、んんっ!」

 セイバーさんがあられもなく喘ぎます。
 揺れる膝は今にも崩れ落ちそうで、その足元に広がる黒い染みは少しずつ、だけど着実にその範囲を伸ばしつつあるようです。
 セイバーさんの頬は赤く染まり、優美な眉は八の字に顰められ、瞳はうつろに揺らめいています。
 あの美しく、いつも凛としたセイバーさんをこれほど乱れさせるとは、いったい衛宮先輩はそのスカートの下でどんな手腕を披露しているのでしょうか。
 
 そんな衛宮先輩の技に思いをはせながら、ぼくの目は相変わらずセイバーさんに釘付けです。
 初めは見たくないと思っていたこのセイバーさんの姿も、ここまで来たらやはり最後まで見届けたいという気になってきました。
 なにしろ、あとほんの少しで、セイバーさんはイクのです、達するのです、絶頂に昇りつめるのです。
 あのセイバーさんが、ですよっ!
 複雑な思いは確かにありますが、やはり見ずにはいられません。

「は、あぁ、ん……シロウ、これ以上は、許してください。こ、のままでは……私、んっ、あぁ」

 セイバーさんが許しを請います。
 さすがにその瞬間をこんな場所で迎えるのには抵抗があるのでしょう。
 他に誰もいない路地裏とはいえ(ぼくはいますが)ここは外。上空に星空が広がり、風が頬を撫でる屋外。
 普通の女性なら、とくにセイバーさんのような方なら、そんな場所でこんな行為をすること自体、不本意なはず。
 それにくわえ、イッてしまう瞬間を見られてしまうというならなおのこと、拒否反応を示すのはあたりまえ。

 なんですが、スカートの中の御仁はそんなことにはまったく頓着してないみたいです。

「ひぁんっっ! くぅあ――あぁ、シ、シロウっ!? お、願いですからっ、あ、あぁぁっ! や、やめてくだ――んんあぁぁっ!!」

 どころか、恥ずかしがるセイバーさんを前にして、かの人はより力を漲らしているようです。
 その力の奔流をまともに受け、セイバーさんの喘ぎ声はより高く、淫らなものへと変わります。
 衛宮先輩の舌が散々にセイバーさんのソコの部分を舐めまくっているのでしょう、スカートの中から聞こえる水の音もその激しさを増します。

 最早その姿勢を維持することすら困難であろうセイバーさん。
 崩れようとする彼女を下から支えながら、なおいっそう責め立てる衛宮先輩。
 そんな二人の攻防を壁の影からじっと見守るぼく。

 三つの視線が今すぐにでも来るであろうその瞬間を待ちわびています。
 内、一人はそれを拒否しようと必死ではありますが、それを無駄に終わらせようとする衛宮先輩の行為が、今のぼくにはやけに頼もしく思えます。

「あああっ、シロウ、もう、駄目です。くぅ、わ、私、あぁ……こ、こんなところで……ゆ、許して……許してください、んっ、あぁ……シロウ、んっ」

 今まさに限界を超えようとしているセイバーさん。
 普通の人ならその許しを請う姿にほだされ手を抜いてあげることもあるでしょう。
 が、衛宮先輩はどうやら普通の人ではないらしいです。まったく手加減していません。
 普段はホントに人の良い先輩にこんな一面があったということにぼくは驚きます。

「んんぁっ! あ、あぁ――んっ、わ、私、はぁ、シロウ、私……もう……イッ――」

 お尻の穴に指を抜き差しされ(おそらく)
 あソコを舌で舐め尽され(音から推測するに)
 その上のお豆を指で抓まれ(たぶんそうじゃないかと)
 セイバーさんが昇りつめていきます。

 甲高い鳴き声をあげながら金髪を振り乱すセイバーさんを、ぼくはじっと見つめます。
 こんな彼女の姿、おそらくもう二度と見ることはないでしょう。
 瞳を皿のようにし、脳内の中枢神経をすべて開放し、目の前で繰り広げられる饗宴をあますことなく焼きつけるのです。

 さあ――
 止めをさしちゃってくださいっ、衛宮先輩っ!

「イ、っ、うぅ、あああぁぁ――っっ!!! シ、ロウ……シロウ――っ!!」

 不自然な格好で背を思いっきりそらし、スカートを両手で力いっぱい握り締め、セイバーさんが泣きました。
 その紅潮した顔、蕩けそうな瞳、淫らに舞う黄金の髪、どこまでも美しく、そして淫らなセイバーさん。

 この光景――ぼくは絶対に忘れません。



「あ……ぁぁ……はぁ……はぁ……シ、ロウ……」

 ガックリと、力尽きたセイバーさんの体が崩れ落ちそうになります。
 それを、ようやくスカートの中から姿を現した衛宮先輩が受け止めました。
 その口の周りはてらてらと光る透明な液体にまみれ、その唇は満足げな笑みに彩られています。

 わかります、衛宮先輩。
 あのセイバーさんをあれほど狂わせることが出来たのだから、男としてこれほど優越感に浸れることは無いでしょう。
 悔しいですが……衛宮先輩。貴方はまぎれもなく漢です。

「は、ぁ……う……ん、シロウ……?」

 衛宮先輩の腕の中に沈みこんだセイバーさんは、しばらくぼうっとした目を衛宮先輩に向けていましたが、正気を取り戻したのか不意に身を離しました。
 呼吸を落ち着けるように胸に手を当て、大きく息を吐くセイバーさん。
 そして、今までのとろんとした瞳とはまったく正反対の、キッとした眼差しで衛宮先輩を睨みつけました。

「このような恥辱、信じられません。シロウ。貴方という人は――」

 照れ隠しもあるのでしょうか、ことのほか鋭い視線が衛宮先輩を捕らえます。
 が、漢であらせられるところの衛宮先輩はまったく動じたそぶりがありません。
 それどころか、そんなセイバーさんを見下ろしながら、愛情たっぷりの微笑を口元に浮かべます。
 恋人の怒りですらこともなげに受け流し、穏やかに包み込む衛宮先輩。
 すごいです。格が違います。

「う……あっ! や、シロウ! なにをっ!?」

 衛宮先輩の左腕がセイバーさんの細い腰を抱きしめます。
 セイバーさんは振り解こうとしますが、脱力しきってしまった体ではそれもままならないようです。
 そんなセイバーさんを片手でたやすく抱きとめながら、もう片方の腕を彼女の頬に添える衛宮先輩。
 スッ、と、その顎を指に乗せ上向かせます。

「あ…………」

 セイバーさんが呆然としたその一瞬の隙、それを衛宮先輩は見逃しませんでした。
 ゆっくりと、だが素早く、その可憐な唇を自らのそれで塞いでしまいます。

「んっ、んん……っ!!」

 我に返った時はすでに手遅れ、反撃すべき口を完全に塞がれてしまったセイバーさん。
 なるほど、眼には眼を、歯には歯を、唇には唇を、と、そういうことですね、衛宮先輩。
 うるさい口を黙らせるに口づけで対抗するなんて……

 いやしかし、相手はあのセイバーさんです。そのぐらいで屈するとは思えません。
 言葉を封じられながらも反撃する機会を窺って――

「ん……ふぁ……んん……ぁ、シロウ……ん」

 ……は、いないみたいです。完全に陥落しちゃってます。
 ただの一撃でもってあのセイバーさんを撃沈してしまうとは、あの口付けにはいったいどれほどの威力があるのでしょうか。

 はっ――
 良く見ると……衛宮先輩は唇だけではなく、先ほどまであのスカートの下で思う存分躍らせていたであろうその舌――それをもってしてセイバーさんを苦しめています。
 セイバーさんも自らの舌でそれを迎撃しようと躍起のようですが、その動きの鋭さは先輩の足元にも及びません。
 縮こまってしまった舌を絡め取られ、引っ張り出され、しゃぶられ、歯先でしごかれる。まさにやられっぱなしです。

 キスの時にはああやって舌を使うものなのですね。初めて知りました。

「ふあ……ん、はぁ、んん……」

 最早反撃する気力すら奪われた感のあるセイバーさん。
 瞳を閉じ、すべてを委ねきった表情で衛宮先輩に抱かれています。
 そんなセイバーさんの耳元に、衛宮先輩がそっと顔を近づけ、何事かを呟きます。
 なんでしょう。ここからでは聞こえません。

「な……」

 驚いた表情で衛宮先輩を見るセイバーさん。
 なにを言われたのか、非常に気になります。

「それは……っ」

 その声音からは拒否しようとする意思がはっきりと感じ取れますが。

「…………」

 衛宮先輩が無言の圧力をかけると、すでに気力の大半を消耗してしまっているセイバーさんは、黙ってうつむく事しか出来ませんでした。
 ここまでの行為によって、完全に力関係が決まってしまったようです。

 しかし――
 いったいセイバーさんはなにを言われたのでしょうか?
 ぼくは、セイバーさんの一挙手一投足に注目します。



 最初に動いたのは意外なことに衛宮先輩でした。
 セイバーさんから身を離し、背後の壁に寄りかかるようにして立ちます。
 そして、何かを促すかのように微笑みました。

 う……なんというか。
 男のぼくから見ても、それはとても魅力的な微笑みでした。
 だから、セイバーさんにとってはきっと抗いがたい悪魔の微笑みに見えることでしょう。

「……」

 セイバーさんは無言のまま、引き寄せられるように衛宮先輩に近づきました。
 目の前にまで行き、もう一度衛宮先輩の瞳を見ます。
 衛宮先輩がセイバーさんの瞳を見つめ返し、ゆっくりとうなずくと、セイバーさんもまた、瞳を伏せながら静かにうなずきます。

 な、な、なんですか、その、瞳と瞳で通じ合ってます、っていうやり取りは。
 今までのことよりもなんかすっごい悔しいというか、ここから覗き見ているのがすっごい惨めになるというか。
 いや、それよりなにより、なんでセイバーさんはそんなところに膝をつくんですか?
 なんで先輩のベルトに手をかけるんですか? それを外すんですか?
 え……ちょっと、セイバーさん? じょ、冗談でしょう。
 チャックを外して、そのズボンを降ろしたら……とんでもないものが出てきちゃいますよ!

「シロウ……」

 う、わ……ほら、言わんこっちゃ無いです。とんでもないものが出てきちゃったじゃないですか。
 やけに元気いっぱいで、天を突くかのように反り返っています。危険すぎます。

 ……いや、しかし、それにしても。
 衛宮先輩の……なんか、すごい……です。
 大きさは、その、よくわかりませんが、ソレから異様なオーラが感じ取れるというか、妖気が溢れ出しているというか。
 ソレがいったいどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたものなのか、こんなぼくにですら理解できてしまうほどの、圧倒的な存在感を誇っています。

 負けた――

 なぜか突然、そう実感しました。



 しかし、セイバーさんはその凶悪な敵を目の前に(文字通り目の前に)しながら、まったくひるんだ様子がありません。
 そう思いたくはありませんが、おそらく、それを見慣れているのでしょう。
 さらに、あろうことかセイバーさんの顔が衛宮先輩のソレに少しずつ近づいています。
 駄目ですよ! セイバーさん! それ以上、近づいたら――!

 ここに来て、ぼくははっきりと理解しました。
 衛宮先輩がなにを言い、それに従ったセイバーさんがなにをしようとしているのか。
 正直、理解したくはありませんでしたが、セイバーさんはこれと同じようなことを、これまでも何度かやってきたのでしょう。
 目の前の人に――

 それは理解しました。
 だから、セイバーさんの唇が大きく開いてソレを咥え込んだとしても別に驚きません、
 頭をゆっくり上下に動かしたとしてもショックは受けません、
 口をすぼめて吸ったり、舌でチロチロと舐め回したり、袋を手で揉んだりしても、どこまで仕込んでるんですかっ、と思うだけで別に怒ったりはしません。
 でも、しかし、だからといって――

 口の中に出すのだけは反則ですからねっ! 衛宮先輩――っっ!!!










「おそいっ、和樹くん……て、どうしたの? なんか疲れた顔してるねぇ」

 店内に戻ると、ネコさんがぼくを見てそう言ってきます。

「ちょっと……いろいろありまして……」

 ぼくはそれだけを答えるのがやっとです。
 ネコさんの言うとおり、とにかく疲れてます、肉体的にも精神的にも。

 結局、あれから二人が取った行為は、とても見るに耐えないものばかりでした。
 あれほどぼくが駄目だと言ったのに(心の中で、ですが)衛宮先輩は口の中に出してしまったり、
 セイバーさんはそれを躊躇うことなく飲んでしまったり、
 飲み足りないと言わんばかりにチュウチュウとその先端を吸ってしまったり、
 おかげですぐに元気になってしまったり、
 壁に手を突いてお尻を突き出したり、
 入れてくださいなんて言ってしまったり、
 こんな時だけ素直に従ってホントに入れてしまったり、
 しかも後ろのほうに指を入れたまま出し入れしたり、
 激しく動かしたり、それに応えるように腰をうねらせてしまったり、
 まさかそれだけは無いだろうと思ってたらなんと思いっきり中に出してしまったり、
 ありとあらゆることがホントは夢なんじゃないかと思ったけどやっぱりホントのことだったり、
 もう……ひどく……とにかく……疲れました……

「で……エミヤんは?」

 ぐ――
 ネコさん。
 よりによって、今、その名前を出しますか。
 いやまあ、もともとはその人を探しに行ったことから始まったのですから、当然といえば当然ですが。

「あ、その……すぐに来ると思います、はい」

 二回戦に突入していなければ、ですが。

「そ、ならまあいいわ」

 ネコさんはどこまでもお気楽にそう言いました。



 で、その後。
 幸いにして二回戦に突入しなかった二人はすぐに戻ってきました。
 セイバーさんはさっきまでの行為の面影などまったく残さず、いつものように落ち着いた表情で店内に入ってきます。それは衛宮先輩も同様で、もしかして初犯ではなく常習犯、と、ぼくが勘ぐりたくなるほど落ち着いたものでした。
 いずれにしろ、普段どおりの二人は後片付けのほうも普段どおりにテキパキとこなしていきます。ソレの疲れなど微塵も感じさせません。
 やっていたほうよりも見ていたほうが疲れているというのは、なんとなく不公平のような気がします。だけどそれで怒るわけにもいかず、ぼくはなるべくお二人と顔を合わせないようにしながら仕事を片付けていきました。



 全部の仕事を終えて、ぼくは更衣室に戻りました。
 この店の更衣室は、当然、男性用と女性用が別々なので、ぼくと衛宮先輩の二人っきりとなりました。考えれば、こういうふうに二人っきりになるのってもしかしたら初めてかもしれません。
 ぼくのすぐ横で着替えている衛宮先輩を横目で見ます。
 特徴的な赤い髪、優しそうな瞳、体中から発散している柔和な雰囲気。細かいところに気のつく、お人よしなまでのやさしい先輩。
 どれをとっても、女の人にあんなことをするような人には見えません。でも、さっき見た光景はまぎれもなく本物です。
 
 この人がセイバーさんにあんな事を……

 思い出し、カッと体の中が熱くなります。さっき一度冷却したというのに。
 ぼくの憧れの人にとんでもないことをした衛宮先輩。でも、不思議なことに憤りはあまり感じません。あまりのことに感覚が麻痺しているだけかもしれませんが、それよりもむしろ、好きな女性を全身全霊を込めて可愛がってあげた、そんなこの人の行為に憧れの念すら抱きます。

 ぼくも……そうなりたい。
 ああやって、好きな女の子を悦ばせることが出来るようになりたい。
 はっきりとそう思いました。



 お疲れさま、と言って衛宮先輩が更衣室をあとにします。ぼくは、そんな先輩に向かって頭を下げながら、

「追いかけさせてもらいます、衛宮先輩」

 小さな声で、だけど明確な意思を込め、扉の向こうへと消えるその背中へ呟きました。




 この日から、ぼくの人生に新しい道が開くことになります。
 偉大なる人を目標として、その背中をひたすら追いかけていく、
 そう――漢になるために。

 そのおかげで、今後さらにとんでもないものを目にすることになるのですが、
 それはまた別の話……




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あとがき

たまにはこんなのもどうかなあ、と。
第三者の視点からの語りという形。
考えてみると、オリキャラを出したのこれが初めてですね。
それがこんな奴かよ、ってな感じではありますが、まあこれはこれで。
あと、それはまた別の話、という終わり方を一度やってみたかったので、なんとなく満足です。

一応、先の話も考えてたりしますが、書くかどうかは不明です。
だいたいこの先はもう想像つくだろうし。
とりあえず次書くとしたら、舞台は穂群原学園になるでしょうが。

では、また別のお話で。

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