姨捨
篠ノ井線 明冶33年開業:現存
「根室本線:狩勝峠(旧線)」「肥薩線:矢岳」と並び、
その雄大な風景で、かつて“国鉄線路三大展望”と呼ばれた
篠ノ井線の姨捨付近。
善光寺平に繋がる斜面に作られた棚田に月影が映り込む、
いわゆる「田毎の月」を見渡せる景勝地に位置する
当駅は、スイッチバック銀座と呼ばれる
篠ノ井線同区間でも、最も長い歴史を持つ停車場である。
D50、D51、DF50、DD51、キハ181系、キハ58系といった
非電化時代のスター達の活躍は遥か遠くのこととなり、
昭和47年の電化以降でも、すでにクハ165系や
旧客を連ねたEF64牽引の荷物列車の姿は見られないが、
昭和9年に建てられた本屋を含めて、
駅自体はかつてと変わらぬ佇まいを色濃く残しており、
全国的にも数少ない「定期列車が日常的に折り返しをする旅客駅」として
高い人気を誇っている。
*写真は、すべて上滝徹三郎氏によるものである(撮影は、昭和56年8月5日)。
上段と中段左は、EF64牽引の荷客2825レ。
中段右は、振子型の草分けであるクハ381系「しなの」(4049M)。
下段は、キハ58系の「赤倉」(2801D)。
中段と下段の背景には、姨捨駅で待避中の2825レと434レ(115系)の姿が見える。
*ところで、当駅の本線分岐部分を見ると、
スイッチバックで一般的に使われている
シザースクロスポイントが採用されていないことに気づく。
しかし、同様に、明治時代に作られた
初期のスイッチバック、
松井田、関山、二本木、狩勝(信)などでも、
シザースクロスは使われていない。
このことから、むしろ、当初は片分岐機を使用していたのを、
停車場全体をコンパクトにまとめるためだろうか
(?:上記の各スイッチバックは、
発着線の規模が比較的大きくなっている)、
後年になってシザースクロスが多く使われるようになったようである。
●非電化時代の姨捨駅
*「中在家」「潮沢」「東塩尻」等、素晴らしい
スイッチバック写真を撮られた、三重県の西口幸一氏が、
今度は「姨捨」の写真(撮影:昭和40年6月)を提供してくださった。
まだ架線の張られていない、
すっきりした構内を驀進していく、
D51や気動車急行の勇姿を
じっくり見ていただきたい。
*D51753号機牽引の516レの入場シーン。上滝氏撮影の
2段目右写真と同一アングルである。
*キハ58系804Dの入場シーン。これまた、上滝氏撮影の
3段目左の写真と同一アングルである。
*退避中の804Dの脇を通過する、2801D。
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