中山宿


磐越西線 明治31年開業:平成9年駅移転により消滅






D50やD60の活躍舞台として、古くから鉄道の名所として知られたスイッチバック。 当初は構内配線が通過不可能で、給水不要なDF50牽引の準急を含め全列車が停車していたが、 昭和38年に配線を改良。42年には交流電化が完成し、貨客に亘ってED77型電気機関車の一人舞台となった。
その後、旅客のオール電車化、貨物輸送の減少から、 ついに平成9年3月22日をもって、スイッチバックの旧駅は廃止、 沼上信号場寄りに800m移動した25パーミルの勾配上に片側一面ホームの新駅を開設した。 平成11年現在の状況としては、引き上げ線はすべて撤去されてしまったが、 駅構内の線路は一部残され、作業用の車両の置き場となっているようである。
*上段・次段写真は、杉江弘氏撮影による、昭和41年10月末、蒸気時代の様子 (構内配線はすでに通過可能になっている)。
中段2枚は、昭和53年夏撮影。 ED77の全盛期で、貨物列車のみならず、 旧型客車を連ねた普通列車を牽く姿も、数多く見られた。
下段の2枚は、平成9年3月20日、廃止2日前である。 当時すでに、旅客列車はオール電車化されていたが、この日は、 「さよならスイッチバック号」として、ED75に牽引されて12系客車が入線した。 なお、右下写真は、駅向かいの山腹から構内を俯瞰したものだが、不鮮明ながら 画面左奥に見えているのが新駅のホームと思われる。

●中山宿スイッチバック改良に関して

前述のように、中山宿のスイッチバックは、昭和38年に大幅に配線を変更して、 通過が可能な形態に変わった。 このような例は、板谷峠の4駅や、山田線の大志田、浅岸など 数例があるが、いずれも通過不能時代の線形が鮮明に撮られた写真は少なく、 いったいどこがどのように変更されたのか知ることは難しい。
それに対して、この中山宿は、庄野鉄司氏をはじめとして、配線変更前の写真資料も 比較的多く残っており、変更の前後の線形を比べられるのが、ありがたい。
以下、同一図面上に変更前と後の姿を併記する試みを行なってみたので、 ご覧になっていただきたい(なお、発着線の終端部分の配線が、よくわからなかったので、 省略してあることを、ご了解いただきたい。常識的には、どこかで合流しているか、 渡り線が存在するはずである)。


それにしても、変更後のスイッチバックを見た人ならお分かりと思うが、 この付近の本線は、綺麗に直線を描いており、勾配も綺麗に25パーミルの 連続勾配。あたかも、開業当初から、このように設計されたと思わせるほど 完璧な形態をしている。
では、当初の形態は、どのようであったのであろうか?
岩代熱海(昭和40年6月1日に「磐梯熱海」と改称)から猪苗代方面に向かう 下り列車で考えた場合、中山宿駅手前の 短いトンネルを抜け、駅構内に進入するルートは、変更前と後では、ほとんど変わらない (トンネル自体は、当時と現在では位置が違うが、これはスイッチバックの改良時ではなく、 電化に際してのルート変更と思われる)。
停車後、列車は、駅構内から引き上げ線を後退していくが、 この引き上げ線の位置が、変更前と後では、全く異なっていた。
変更前は、ほぼホームと水平に引き上げ線が設置されており、 列車は、シザースクロスポイントから約50〜60mほど後退した ところにある分岐点から、再び本線に出ていく (変更後の直結した本線が25パーミルの連続勾配と考えると、 旧引き上げ線から繋がった本線は、それより多少緩い勾配であったと 想像される。変更後の分岐点から数百メートル上がったところに、 21.7〜23.3パーミルが存在するので、この程度の勾配が、旧分岐点から 連続していたのではないだろうか?)。
ところが、変更後は、本線と発着線・引き上げ線との分岐点となる シザースクロスポイントが、本線と同じ25パーミルの勾配上にあり、 引き上げ線も、25〜L〜−10パーミルという具合に、 段階的に傾きを変化させている。
なお、何点か付け加えると、配線変更前、最も本線寄りの発着線に、もう1面のホームが 存在した。全列車停車ということで、必要だったのであろう。 逆に、配線変更後は、ホームが消えた上に線路も大幅に短縮され、 予備的な側線となっていた。末期の写真を見ると、保線車両の車庫が、 この側線上に建てられている。
また、配線変更後、信号扱い所脇の本線に面して簡単なホームが設置され、ここで通過する列車の タブレットの受け渡しが行なわれていたが、 この扱い所は、昭和50年代には、すでに存在しておらず (昭和42年の電化と同時期に消滅?)、 その代わり(?)に、ホームの分岐点寄りに、簡単な詰め所が設置されている。
さらに、当駅は無人化される前には、「花文字の咲く駅」として、 駅員の手によって、ホーム脇の花壇が綺麗に整備されていたことも、最後に付け加えておきたい。

この変化の様子が垣間見える写真を、杉江氏からご提供いただいたので、 以下で紹介する(右側は、写真上に、筆者が加筆した旧線跡である)。

↑信号扱い所付近から、引き上げ線方面を臨む。
旧引き上げ線は、新引き上げ線に比べると、 相当高い位置に存在することがわかっていただけるであろう。

↑本線越しに駅構内を臨むアングルだが、ちょうど旧線が撤去されたと思われる 枕木のあとが残っていた。


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